第415話 暗闇に差す一筋の──

 およそ数十分にも亘った、人狼ワーウルフと魔王の殴り合い。


 カナタの神聖術さえ追いつかない程のウルの負傷具合を鑑みれば、そう長くは続かないだろう事は容易に想像出来たが。


 は、あまりにも唐突に訪れた──。


『──……は?』


 ウルの力が、明らかに落ちたのだ。


 誰の目から見ても、露骨なくらいガクンと。


 強度は勿論、サイズも熱量も何もかもが弱体化しており。


『おい、キュー!? 何で支援を止め──』


 傷こそ絶え間なく負ってはいても己の気力に翳りはないと自覚している以上、その原因がキューからの魔力や神力の支援がなくなった事にあると確信していたウルが叫ぶとともに振り返った先では。


「ッ、は、うあぁ……ッ!!」

「キュー!? 大丈夫!?」

『何だ? 一体、何が──ぅごァッ!?』


 カナタが支えてくれていなければ今すぐにでも倒れ伏してしまいそうな程に消耗し、その体色すらも周囲の空気や大地と変わらぬ〝黒〟に染められたキューが尋常ではない息切れを起こしており。


 思っていたより深刻な状態にあるらしいと悟ったウルが何事だと一瞬コアノルから意識を離した瞬間、キューの支援によって補われていた部位に空白が出来た事を見逃さなかったコアノルは骨と骨の間を縫う様に細く鋭く尖らせた爪を突き刺して闇の神力を流し込む。


『ふん、ようやっと効いたか。 木っ端如きが抗いおって』

『ッ、テメェが何かしやがったのか……!?』


 そして先程までより随分と小さくなってしまった暴君龍を文字通り下に見ながら、キューに何かをしたのは自分だと明らかにする一方、身体の内側から蝕む様な激痛に耐えながらもウルが疑念をぶつけたのも束の間。


「大陸中に、わざと無駄に闇の魔力を流して……」

「ッ、それを吸収させたって事……!?」

「ごめんカナタ、治癒、頼める……?」

「任せて……!」


 それに答えたのはコアノルではなく当の本人であるキューであり、たった今ウルの身を襲った激痛が大陸規模でキュー個人に向けられた結果なのだと明かされた事で、カナタが言われるまでもなく治癒に移行する中。


『一時的とはいえ供給源を断てばそれまでよのぉ! 人狼ワーウルフ!』

『細々とした事しやがって、それでも魔王かテメェは!!』

支援役サポーターを自負した貴様が粋がるでないわ!!』

『ッ、クソが……!!』


 とても魔王の所業とは思えぬせせこましいやり方にウルが解釈違いを起こす一方で、だから何だと、そもそも支援役サポーターを名乗るなら前線に出張ってくるなという魔王の主張もある意味では正論である訳で。


『もう、やっぱりボクがやった方が早かったんじゃん! ウルは退がってみこを護ってて!

『う……わ、わぁったよ──……あ?』

『何、どうしたの──……え?』


 なら最初からキューの支援がなくとも魔王相手に戦えるフィンが前線に立つべきだったと、いちいち言われなくとも分かりきっている事実を突きつけられたウルが渋々後退しようとした、その時。


(何だ、この匂い──)

(何、この音──)


 ウルが超嗅覚で、フィンが超聴覚で何かを察知した。


 破滅的でありながら、どこか懐かしさも感じる刺激臭と。


 かつて、その身に感じた事がある筈の魔力と天籟の響き。


『──〝毒〟?』

『──〝風〟?』


 それらの正体が〝劇毒〟と〝旋風〟であると看破して思考を巡らせんとした瞬間、ゴゴゴゴという地鳴りがそれを遮り。


『何を呆けておるのじゃ、この恐るべき魔王の前で!!』

『ッ、ヤべぇ……!!』

『ちょ、タンマ──』


 最早、元の魔王の姿からも逸脱していると言っても過言ではない禍々しい形状へと変異しつつ、さも漆黒の剛刃ブラックシェイドの魔術が如く羽に相当する部位を巨掌に纏わせた一撃で以て、ウルとフィンを一度に圧殺せんとした──。


 ──……まさに、その瞬間の出来事であった。


『ぐ……ッ!? 何じゃこれは、〝矢〟か……!?』

『『……!!』』


 大陸を覆う暗闇を裂く様に、何より魔の王が振るう一撃を砕く様に飛来した、まるで一筋の光線が如き速度と威力で巨掌に突き刺さった一本の矢に付与された風と毒は、それこそ魔王の力を理解した一行の攻撃と同じ様に巨掌を貫いて蝕み。


『〝風〟と〝毒〟程度で妾を……!? えぇい、姿を現せ!』


 旋風によってバキバキと、劇毒によってジワジワと穿孔し侵蝕する矢を巨掌ごと切り落としたコアノルが矢の主を探す為に魔力や神力を大陸全土へ散りばめるより早く、その矢の主と協力者たちが姿を現す事となる。


「言われずとも出てきてあげるよ、公平フェアにいきたいからね」

「まさか俺が魔王討伐に助力する事になるとはな……!」

「何はともあれ、間に合って良かったわ」

『え、も、もしかして……!!』


 その三人の事を、コアノルは全く知らなかったが。


 望子と、その一行は確かに知っていた。


 三人が三人とも、望子たちに縁のある者たちだったから。


「言っただろう? ミコ。 そして、コアノル──」











「──ミコが思ってる以上に、ミコの味方は多いってね」

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