第403話 魔王城とは

 突如として発生した地鳴りと、それを伴う地揺れ。


(……!! 魔王が、消えていく……!? 止めた方が──) 


 天災と称しても過言ではない程の規模の地震に一行が驚きを露わにする中、城の天井と壁と床に身体の一部を接触させていた魔王の姿が段々と希薄になっていっている事に、いち早く気がついたキューが何かせねばと根っこで作った砲口を向けて種子の弾丸を放とうとしたのも束の間。


 ──ひゅっ。


『『『「「ッ!?」」』』』


 嘘でも冗談でも比喩でも誇張でもなく、一切の物音も前触れもなしに先程まで一行が魔王と戦っている最中に踏み締めていたり座り込んだりしていた漆黒の光沢を放つ床が消失した。


 全員が全員、突然の事態に驚きこそしていたが。


 それ自体は、さしたる問題でもない筈。


 何しろ、この場に居る五人はカナタ以外の全員が何らかの飛行手段を有しており、たとえ床の一部が抜けるどころか丸ごと消失してしまったとしても近くに居合わせた者がカナタを抱え、それ以外の者たちが自前の方法で空を飛べば何の問題にもならないのだから。


 事実、今現在カナタの最も近くに居たキューがカナタを片腕で抱えながらも背中から生やしたジェットエンジンの様な一対の蕾で空を飛んで落下を回避しようとしていたものの。


 残念ながら他四人も含め、それは叶わなかった。


『おい何だ、風かッ!? 押し出されるぞ……ッ!!』

『押し出されるっていうか、吸い込まれてない!?』

『うわあぁああ!?』

「きゃあぁっ!?」


 何故ならウルやフィンが叫んでいる通り、それこそ地球における飛行機くらいの速度を実現出来る四人でさえ抗う事が難しい程の風圧や吸引力を持つ突風が五人を襲い。


(押し出し、吸い込み──違う! んだ!)


 それが単なる〝勢いのある風〟ではなく喉の奥に引っかかった異物を吐き出す為の〝咳嗽〟だという事に、キューは誰よりも早く気がつきながらも対処するところまでは叶わず。


『ぐ、う……ッ!? うおあぁああああ……ッ!!』

『ちょ、ちょっと待っ……!? うひゃあ!?』

『み、みんな……! うあぁああっ!』

「きゅ、キュー! 三人が……っ!」

「っ、駄目だ、逆らえない……っ!!」


 五人が五人とも、いつの間にかポッカリと口を開けていた王の間の背の高く堅牢そうな壁から〝ぺっ〟と吐き出され。


 草木一つも生えぬ不毛の大地、魔大陸へと投げ出された。


『い"ってぇなクソ……ッ、何がどうなった……?』

『みこ! 大丈夫!?』

『う、うん……かなさん、は……?』

「何とか、ね……キューが助けてくれたから……」 


 半ば地面へと叩きつけられる形で放り出された為、負傷こそしておらずとも確かな鈍痛を誰もが感じる中、現状の把握や仲間の心配をしている四人をよそに。


「……城の外に放り出されたみたいだね」

『何でだ? そんな事する意味あんのか』

「分からない、分からないけど──」


 誰よりも早く自分たちが置かれている状況の理解を終えたキューの呟きを聞き逃さなかったウルからの、どういう意図があって自分たちを追い出したのかという疑問には、キューといえども確かな答えを導き出す事は出来ず。


 憶測でいいなら、と何かを口にしようとしたその瞬間。


 ──ゴゴゴゴォッ!!


『『『「「……ッ!?」」』』』


 五人を吐き出した後、地鳴りも地揺れもなく微動だにさえしていなかった漆黒の巨城、魔王城が轟音とともに動き出し。


『な……ッ、何だよ、アレ……!!』


 ただ縦揺れや横揺れするだけならまだ分かるが、あろう事かミシミシ、バキバキと軋む様な鈍い音を立てながら形を変えていく魔王城に、ウルだけでなく全員が圧倒されて行く末を見守る事しか出来ていない。


『あ、あれって、もしかして……!!』


 そして、ただ単にぐちゃぐちゃと形を弄っていた筈の魔王城は次第に〝何〟を模しているのかを望子にさえ分かる様にハッキリとした姿へと変貌していく。


 一見、巨大な人族ヒューマンの上半身を模しているだけに見えるが。


 その頭部に相当する部位には四本の捻じ曲がった角が。


 背中に相当する部位には六枚の羽が。


 腰に相当する部位には二本の尻尾が生えており。


 否が応にも、かの恐るべき存在を想起させる。


 そして今、仕上げだと言わんばかりに頭部から生えた髪の様な部分と、美しく煌めく薄紫色の宝珠が瞳の役割を果たした事で。


 最早、巨大な〝それ〟の上半身を模しているようにしかみえなくなった魔王城の頭部の口に相当する部位が一行を嘲笑う様に歪む。


『勇者一行よ、これが最後の戦いじゃ──励めよ』


 つまり、魔王城とは〝剣〟であり〝鎧〟でありながら。











 魔王コアノル=エルテンス、そのものでもあったのだ。

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