第401話 魔王の誤算

 出来る限り多くの分身ドッペルを生み出して欲しい──。 


 傍からすると──……否、傍からでなくとも愚策にしか思えぬ要求ではあったが、フィンは既に覚悟を決めていた。


 最初こそ何を言っているのか分からず、それこそ拒否さえしようとしていたものの、ローアと同等か或いはそれ以上かもしれない知能を有している神樹人ドライアドの要求が、この絶望的な戦いに射す一筋の光明とならない訳がない。


 フィンは、そう確信していたのだ。


 ……半ば、己に言い聞かせる様に。


(……みこ、ウル、聞こえてる?)

『あァ!?』

『ぅ、え?』


 そして、キューがフィンにしたのと同じ様にか細い声を飛ばしたところ、やはりキューがフィンにした時と同じ様にウルと望子は驚いて視線を逸らしてしまい。


『貴様に余所見なんぞしておる余裕があるのかぁ!?』

『ッとぉ!? うっせぇ! してねぇよ馬鹿が!!』


 ただでさえ分不相応な実力しか持たないウルの参戦に苛立っていたコアノルは、ふいっと視線を外された事で余裕を見せつけられたと勘違いして激昂しつつ漆黒の羽を無数の大剣──かつてラスガルドが使用していた物と同じ──に変えたが。


 さしものウルもこの様な大雑把極まる攻撃を受けてやる訳にはいかず、どうにかこうにかとはいえ赤熱する手脚の爪で全ての剣戟を弾いてみせた。


(邪魔してごめん、でも振り向かずにこのまま聞いて!)

『『……!?』』

(さっきボクが出してた分身ドッペル! キミたちも出せる!?) 

(……ぇ?)

(分身ドッペル……!? 知らねぇよ、やった事もねぇし!)


 その一連の攻防を忙しなく動き回りながらも見ていたフィンは心から申し訳なさそうにしながら、それでも絶対に伝えなければという確固たる意思を持って『分身ドッペルを顕現させられるか』と問いかけ。


(そっか……でも出来る筈だよ! キューがそう言ってた! そんで、もし出来るなら分身ドッペルをいっぱい出して欲しいって! そしたら魔王に有効打を与えられるかもしれないって!)

『『!!』』


 やった事がないのだから分かる訳がない、というウルからの珍しい正論に戸惑いつつも、だからといって引き下がる訳にはいかなかったフィンの、『魔王への有効打』なる今の自分たちにとっては喉から手が出る程に欲していた物が手に入るかもしれないという言葉に、ウルと望子は一瞬だけ顔を見合わせてから。


『……やってみよう、おおかみさん』

『……あァ、そうだな』


 フィンの言葉とキューの策を信じてみようと決意し。


 その一瞬の内に、フィンから分身ドッペルを顕現させるコツを教わりながら、並行して実際に分身ドッペルを顕現させる為に必要な分の魔力を、その後の戦闘に必要な分の魔力とは別に練っていく。


 ……尤も、信じてみようというよりは。


 信じるしかなかったという方が正しいであろうが。


 そして激闘の中の、ほんの一瞬の隙を望子、ウル、フィンの三人は見逃す事なく互いに顔を見合わせ頷き合ってから。


『おねがい、たくさんのわたしたち……!!』

『出てこい、分身ドッペルどもォ!!』

『いつも通りいくよ、皆!!』

『ッ!! 此奴ら……!!』


 望子は禁忌之箱パンドラーズダイスに込められた六つの超級魔術にて、ウルとフィンは普段通りの火炎と激流にて、フィンが顕現させていた物とは比べる事さえ馬鹿らしくなる程に無数の分身ドッペルを顕現させていき。


 既に打ち破った策であるというのに、どういう訳かコアノルは嘲笑うどころか焦燥の感情を剥き出しにして舌を打つ。


 ……それは、コアノル=エルテンス唯一の誤算。


 ……決して気づかれてはならなかった最大の誤算。


 その意味は、すぐに判明する事となる──。

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