第369話 力と力、怪物と怪物

 一方、三幹部がそれぞれ待ち構えていた部屋に繋がる大広間、その右側の扉の奥では。


 ──ドカァン!!


 ──バゴォン!!


 ──グシャア!!


 という耳をつんざく様な破壊音が、ひっきりなしに部屋の中で響き続けるだけでなく。


『ゲラゲラゲラ!! ギヒヒヒィ!! ギァーッハッハッハッハァアアアアアアアッ!!! 』


 その破壊音のおよそ六、七割近くの発生源である、イグノールの狂気じみた笑い声と。


『五月蝿ぇぞ馬鹿が!! いちいち笑わなきゃ攻撃も出来なくなってんのか!? 心臓一つ喰われたぐれぇでぶっ壊れてんじゃねぇ!!』


 残る三、四割近くの破壊音を発生させつつも、どちらかといえば防戦を強いられてしまっていたウルの苦言や怒号も混じっており。


 非常に、それはそれは非常に──。


 ──……喧しい空間と成り果てていた。


 力と力をぶつけ合う、怪物と怪物。


 ……の、少し後方では。


「うっっっっさ……」


 ただ一人、冷静なキューが辟易していた。


 この部屋に入り、いざイグノールを見つけて対峙してすぐはキューもかなりの緊張感を持って戦いへ臨まんとしていたのだが──。


(攻撃の度に笑うな、なんて文句つけてるウル自身が攻撃の度に叫んじゃってる時点で……)


 自分の五月蝿さを棚に上げて叫び倒し、ゲラゲラと笑うイグノールと拳を交えるウルを側から見ていると、もう戦意より『何やってんだか』という呆れの方が強くなっており。


(本当、同レベルというか……ある意味、お似合いなんじゃないの? って思えてくるよ──)


 敵だった時から、そして仲間になってからもあれだけいがみ合っていたというのに、いざ戦うとなったらこうも波長が合うのかと。


 ウルとイグノールこそが、お似合いなのではと緊張感のない想像を繰り広げていた時。


『──ぐっ!? っ、てぇなぁクソが!!』

「っ、と。 回復、回復……」

『っし、今度ぁこっちの番だオラァ!!』

『……ッ、ギヒィ! ゲラゲラゲラゲラ!!』


 イグノールの鋭い爪がウルの右肩を大きく抉り、そのまま腕まで削ぎ落とそうかという大きな傷を負ったのを見たキューは、すぐさま気を取り直して癒しの神力を込めた種子を決して貫かない弾速でウルの背に撃ち込み。


 カナタの神力にも劣らないそれのお陰で瞬時に万全となったウルの反撃で、イグノールもまた身体を大きく爪で抉られる事となる。


 しかし、イグノールは今や死体も同然。


 既に死んでいる者を殺す事は容易でなく。


 同じ様に彼の傷は一瞬で再生していく。


 ……というのが何度も繰り返されていた。


 くどい──そう思ってしまうのも必然で。


(……こうしてる間にも、ミコは魔王と……やっぱりキューも手伝った方がいいんじゃ──)


 こんな不毛な戦いを続けている間にも、こことは違う場所で望子は魔王との最終決戦に挑んでいるのだから、さっさと終わらせて駆けつけるべく自分も本格的に参戦を──と。


 ざわざわと腕の根を床に這わせた瞬間。


『──ッ、カアァアアアアッ!!』

「わっ!? あっ、危なぁ!!」


 これまでは自分の方に攻撃の手を少しも向けてこなかった筈のイグノールの口から、どう見ても殺すつもりの魔力の塊が放射され。


 以前、望子を相手に見せた時よりも精細さを欠く分、威力が段違いに向上していたそれに対し、キューは這わせていた根をこの世界で最も硬い種子を持つ植物、『牙椰子タスクパルム』の種子を巨大化させた物を盾として受け止める。


 種子にはかなりのヒビが入ったが、それでも何とか防ぎきる事には成功しており、『びっくりしたぁ』と一息ついていたキューに。


『茶々入れんじゃねぇよキュー! お前は支援サポートに徹してろ! こいつは、あたしが殺す!!』

「……りょーかい」


 攻撃の意思を見せた事を自慢の嗅覚で見抜いていたウルは、あくまでも自分主体でイグノールを殺す事に執着し、それを受けたキューの呆れにも構う事なく、また戦闘に戻る。


 ここで、キューは改めて確信した──。


(……やっぱりそうか。 この二人、。 戦いを、愉しんでるんだ)


 この二人は無意識の内に──特にイグノールは文字通り──他者の介入を避け、この戦いを互いの為だけの物として強く認識すると共に、この戦いに心からの愉悦を覚えているのだという事を嫌という程に理解していた。


 よりにもよって、こんな時に──……と思うのも無理はないが、よくよく考えるとウルとイグノールが互いに拳を交える事が出来る戦いの場というものは今この瞬間しかなく。


 そういう意味で言えば、ウルやイグノールの想いも叶えてあげたくもなるにはなるが。


 それは、あくまでも平時であればこそ。


(……敗けは時間のロス。 そう言ったのはウルだけど……キューと協力しない事もロスなんじゃないの? それとも何か考えがあって──)


 速やかに、死んでも勝てと全員に言い渡したウル自身が時間の無駄使いをしている現状に、もしや一行の中でも殊更に聡明である筈の自分の考えも及ばぬ策でもあるのか? と思考を飛躍させてまでウルに期待を寄せるも。


 それは、あっさりと裏切られる事となる。


 ガキィン!! という爪と尻尾が衝突したとは思えない音が響くと共に距離をとったウルは、どう見ても生物らしからぬ動作で起き上がって体勢を立て直すイグノールに対して。


『──はっ! そういやよぉイグノール! の決着、まだつけてなかったよなぁ!?』

『グギ? ヒ、ヒハハ?』


 何かを思い出したかの様に、『あん時』という少し前の話らしきものを持ち出して話しかけるも、イグノールから返ってくるのは返事どころか声と呼ぶのも烏滸がましい狂笑。


 ちなみに、あん時とは──水の邪神ヒドラに介入される前、勇者一行での序列が最も低いと言われたウルが腹を立て、イグノールに一対一タイマンでの真剣勝負を挑んだ時の事であり。


 上述した通り、ヒドラの介入があったせいで決着がつかぬまま曖昧になっていたのだ。


『まぁ今のお前にゃ言っても無駄なんだろうが、あたしはずっと消化不良だった! お前が半端に仲間になっちまったせいでよぉ!!』


 尤も、それを今の死体同然なイグノールに言っても無意味だとは流石のウルでも分かってはいるが、それでも彼女が今の今まで不完全燃焼だった、というのも紛う事なき事実。


 それもこれも全ては、イグノールが望子と同盟なるものを組んでしまったが為に──。


 ……勿論、望子のせいだとは思ってない。


 悪いのは、イグノールと魔王なのだから。


 しかし、それとこれとは話が別。


『だからって訳じゃねぇけど、これでも魔王にゃ感謝してんだぜ!? こんな形でも、お前と戦える場を用意してくれたんだからな!』

(……成る程、それで……──)


 魔王への憤りは当然あるものの、こうしてイグノールとの再戦の機会を与えてくれたのが魔王である以上、欠片程度とはいえ感謝の気持ちもなくはないのだと笑うウルを見て。


 キューは、どんどん心が冷めていく。


 そんな下らない事で、たった今この瞬間も命の危機に瀕しているかもしれない望子の元へと向かうまでの時間を無駄にしたのかと。


 あの幼くも可憐な黒髪の少女を誰よりも大切に思っているのは貴女たちなのではなかったのかと、そんな想いで一杯になっていた。


 こんな事ならウルではなく、フィンやハピについていけば──と後悔していたその時。


『ま、つっても必要以上の時間を割いちゃいられねぇ! お前はそう言いてぇんだろ!?』

「……え? あぁうん、そうだね……」


 唐突に自分の方を向いたかと思えば、まぁ言いたかったかと問われると間違いなく言いたくはあった『時間の無駄使い』という指摘を、あろう事かウル自身の口から告げられた事で、キューはきょとんとしつつも首肯し。


(一応、分かってくれてはいて──……え? 分かってた上で愉しんでたって事? ば、馬鹿?)


 理解していたのはいいが、理解していたなら早急に片をつけるべきではないのかと、その上で戦いそのものに愉悦を見出していたとしたらそれはもう馬鹿の所業だろうと、キューが呆れを通り越して侮蔑の感情を抱く中。


『だからよぉ、イグノール! 正直ちっと不本意じゃあるが、そろそろ本気出すぜぇ!!』

『グゲゲッ♪ ギャギャハハァッ!!』

「えぇ……」


 ギャリン!! と爪を打ち鳴らしつつ、『これまではお遊びだった』とドヤ顔で第二ラウンドの開戦を叫ぶウルに呼応する様に、イグノールもまた更に翼を大きく広げて特攻し。


(やっぱり遊んでたんだ……もうだこの二人)


 それを側から見ていたキューの心が益々冷めていく、という奇妙な三つ巴が出来上がっていたが、ウルたちはそれを知る由もない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る