第292話 せっかく用意してくれたってのに
「──……
全く聞き覚えのない『
「……ん〜……?」
「……何だよ」
イグノールはイグノールで何かの疑念を隠そうともせず首をかしげており、それに気がついたウルが興味なさげに声をかけたところ、イグノールは髪を掻き。
「いやぁ、なーんで海しかねぇんだろうなってよぉ」
「……そういう場所なんじゃねぇのか?」
よくよく考えれば──否、考えずとも分かる当たり前な疑問を口にしたはいいが、そもそも
「此処は邪神の世界だぜ?
そんな彼女に対して『いいか?』と前置きしたイグノールは、この世界における邪神が全部で四柱である以上は、そして四柱の邪神だけが出入り出来る世界である以上は、それらが司る属性で世界が構築されていてもいい筈だ──という疑念を抱いたのだと語った。
勢いの衰えぬ邪悪な業炎が燃え盛っていたり。
生命の息吹さえかき消す狂飆が吹き荒れていたり。
遍く物が不定形となる大地が君臨していたり。
イグノールが思う邪神の世界とは、そういうものなのではないかと考えていたからこその疑問だったが。
魔王コアノルが火と土の邪神を、そして望子が風の邪神を互いに吸収した今、
「……もう邪神とやらが水の奴──いや名前は知らねぇけど、そいつしかいねぇから一面海だって事か?」
「そういうこった、まぁ本当のとこは分かんねぇが」
漸く彼が抱いていた疑問と、その疑問に対する現状での解答に辿り着いたウルが確認する様な問いかけをした事で、イグノールは首を縦に振ってみせていた。
実のところ、それは間違いでも何でもない様で。
吸収された邪神の力は完全に魔王、或いは勇者のものとなり、この
「……陸地の一つもねぇとなると流石になぁ……そもそも、あたしら帰れるのか? まぁ、ミコがそんな無責任な事するたぁ思えねぇし思いたくねぇけどよ……」
それはそれとして、この世界に飛ばされる事となった切っ掛け、イグノールとの戦いに話を戻さんとしたウルだったが、そちらについても気になる事があり。
ウルが全力を出す為に必要な
元の世界に帰れるのかどうかも不明である事。
望子は自分を排斥しようとしたのではという事。
勿論、最後の疑問については決して信じたくないというのが本音であるものの、それを確認する手段の一つもない以上、今は
「おいおい、まさか『やっぱ中止だ』なんて言うんじゃねぇだろうな? いくら何でも消化不良ってもんだ」
「いや、つってもな──」
そんな風に如何にも意気消沈したウルを見たイグノールは、よもや戦いの中止でもほざき出すのではないかという呆れを前面に押し出し、それも候補の一つとして浮かべていたウルが言い分を口にせんとするも。
「
「……っ」
ウルにとって最愛の存在であり護るべき存在でもあるとともに、ある時は彼女にとって弱点ともなりうる望子の事を矢面に出されてしまうと、こうして苦々しく歯噛みする以外に選択肢はなくなってしまう──。
「……あたしは
それでも──だとしても、ウルの中に最初に浮かんだ『足場が存在しない』という事実に関してだけは譲る事など出来よう筈もなく、これといって戦闘中という訳でもない今この瞬間でさえ決して安定しているとは言い切れないというのに、と溜息を溢さんとした。
──が、しかし。
「──じゃあ陸地がありゃいい訳だな?」
「……あ?」
イグノールは、それについてを問題だとは思っていないのか、さも妙案があると言わんばかりに魔族特有の昏い笑みを湛えており、ウルがきょとんとするのも構わず彼は羽ばたきとともに海面へと近づいて──。
「
『──ゴォオォオオオオオオオオオオオオッ!!!』
「い"……っ!?」
召喚勇者である望子との戦いの結果として覚醒した力──
それは紛れもなく──大翼を携えた龍の背中。
頭部こそ存在しないものの、まるで龍の咆哮の様な轟音が
「……水──っつーか海で作った龍の背中か……?」
「そういうこった。 これなら文句ねぇだろ?」
「……っと」
その轟音や津波の様な海の変化が漸く収まってきた頃、未だに痛む耳から手を放しながら視界に広がる海で創られた雄大な龍の背を見て呟くと、イグノールは如何にも得意げな表情を浮かべており、それを見て少しイラッとした彼女は舌を打ちつつも着地してみる。
(……完全な陸地とは言えねぇけど……まぁ浅瀬みたいなもんだと思えば歩くのも走るのも問題なさそうだな)
ウルの言葉通り、それは浅瀬に近い感覚だった。
戦場における足場としてみればあまりにも不安定だが、それでも足場として最低限の役割を果たしているのも事実であり、これ以上の言い訳は逃げにしかならないという事も彼女は充分すぎる程に理解している。
「いいぜ、改めて──あたしと戦え、イグノール」
「はっ、そうこなくっちゃなぁ!!」
だからこそ──……だからこそ、ウルは龍の背を踏みしめて目の前までやってきた彼を睨みつけ、つい先程に告げたばかりの宣戦布告を改めてやってのけた。
今、
────────────────────────
『──……』
それは、静かに息を潜めていた。
息だけでなく、その身をも深海に潜めていた。
暗く、昏く、闇い──光も届かぬ海の底。
かつては、この世界にも地水火風の全てがあった。
しかし今は、もう一面の海しか存在しない。
この悲劇を引き起こしたのは、あの二匹じゃない。
だが、それでも怨まずにはいられないのだ。
だから──殺す。
なるだけ苦しませて、そして後悔させて殺す。
あちらにいる、あの二匹の仲間たちも──。
──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます