第290話 序列に不服な人狼
一方その頃、ヴィンシュ大陸を離れた勇者一行。
旅立ってから、およそ三日後の夕刻──。
現在、取りも直さず最終目的地であるところの常闇の大陸、魔族領を目指して航海を続けていたのだが。
「──ちょっと、なにしてるの!?」
勇者一行が勇者一行たる所以、異世界より召喚された黒髪黒瞳の幼い勇者──
一体、何に対して怒っているのかというと──。
「あたしはミコが落としそうになったあの馬鹿げたデカさの隕石を止めたんだぞ!? それでも最弱だって言いてぇのか!? ふざけんのも大概にしろよこらぁ!」
「ふざけてねぇよ、俺は嘘も冗談も苦手だからな」
「んの野郎っ──」
望子たちが乗る蒸気帆船、
「おおかみさん! いぐさんも! どうしたの!?」
「「!」」
もう一度、今度はしっかりと二人に届く様に出来る限りの大声を以て事情を聞かんと試みたところ──。
「い、いやだってこいつがよぉ!! この前ほざきやがった序列に変化はねぇとか抜かしやがるからぁ!!」
「じょ、じょれつ? どういうこと?」
野蛮な姿を見せてしまったと思ったのか──もう遅い気もするが──ウルは気まずげにしながらも目の前の魔族を指差しつつ、ほんの数日前にイグノールが告げてきた『勇者一行の序列』について言及したはいいものの、いまいち要領を得ない望子は首をかしげる。
「ほら、こないだ言ったろ。 お前らん中で強さの順番を決めるとしたら──って奴だ。 覚えてるか? ミコ」
「あ、あぁうん、いってたね──……それで?」
それを見かねたイグノールは、ウルが自分の胸ぐらを掴もうと伸ばしていた手を──というか実際に掴んでいた手を払い除けてから、おそらくピンときていないのだろう序列についてを思い出させる目的で望子に語りかけ、それを聞いた望子は納得しつつ問い返し。
「何か、ウルは納得いかないんだって。 せめて最弱からの脱却くらいはした筈だってうるさくてさぁ……」
「魔族が言った序列なんて鵜呑みにする時点でねぇ」
更に、ウルたちの言い争いを蚊帳の外から見ていたらしいフィンとハピが、ウルが怒りを発露している理由を簡単に告げるとともに、そもそも魔族の言動一つに何を、という呆れの感情を言葉にしてみせた事で。
「そ、そうなんだ──」
漸く事態を把握出来た望子は、こくりと頷いたが。
「なぁミコ! お前は……あたしが弱いと思うか!?」
「え? いや、そんなこと──」
そんな望子に対し、ウルはぐいっと顔を近づけたうえで望子が怖がるかもしれないという事も忘れて『自分の強さは望子から見てどうだ』と問うも、どう答えるのが正解なのか分からない望子が困惑していると。
「
「あ、そ、そういう……? えっと、
聞く者が違えば何とも残酷な物言いにも思える、フィンを横目に見つつの
そして、およそ数秒の思案の後──。
「──……いるかさんのほうがつよい、よね……?」
「……!!」
最愛の存在である望子の口から告げられた、『フィン<ウル』という答えに、ウルは愕然としてしまう。
……当然ではあるが、この発言に悪気は一切ない。
子供は、いつだって素直で正直なだけなのだから。
それが望子なら、なおさら──。
「だよねぇー! やっぱりみこは分かってるなぁー!」
「わっ!? もう、いきなりとびこんでこないで!」
「えへへ、ごめんごめん!」
そんな最愛の存在からの褒め言葉に上機嫌となったフィンが望子に抱きつき、それに驚き軽い注意をしながらも嫌がってはいないという光景の目と鼻の先で。
「ミコ……っ、お前も、あたしが弱ぇって思ってんのか……? あたしだって、あたしなりに頑張って──」
「え……あっ!? ち、ちが──」
悲憤の感情入り混じる表情と声音で恨み言の様な何かを溢すウルに気がついた望子は、つい先程の自分の言葉が失言だと悟り、すぐに誤解を解こうとするが。
「──……っ! イグノール! あたしと戦え!!」
「おっ、いいぜいいぜぇ。 中々愉しめそうだ」
「ちょ、ちょっと──」
ガタン──と椅子どころか机まで倒しかねない勢いで身を乗り出したウルからの宣戦布告に対し、さも待ってましたと言わんばかりにイグノールが口を歪め。
それをどうにか止める為に望子が小さく細い腕を伸ばしつつ、ちらりと他の者たちの方へ視線をやるも。
「やれやれー! どっちも負けろー!」
「
フィンは止めるどころか二人を煽っており、ハピも彼女に呆れこそすれ止めるつもりはないらしく、『腕相撲くらいにしてよね』と諦めている様にも見える。
「と、止めなくていいのかしら……?」
「いーんじゃない? 知らないけど」
「そ、そう? まぁ、そうね……」
カナタはカナタで止めるべきかどうか迷っていた様だが、その隣で『ぐでーん』としていたキューの言葉を間に受けて、『何とかなるよね』と傍観者気取り。
「……アタシも交ぜてくンねェかなァ、アレ」
「やめときなさいって、いくら何でも無謀よ」
また、ウルと同じくらい好戦的なカリマが脚の一本を青白く輝かせつつ参戦の意を示さんとするも、イグノールに全く歯が立たなかった身として遠慮したいし遠慮させたいポルネは、どうにか恋人を制止させる。
……そう、誰も止めようとしていないのである。
カナタのみ、その意思自体はありそうだったが。
ちなみに、この場に居合わせてない
(この一戦も中々興味深くはあるが──……それより)
そして、この諍いの最終的な火種となったローアはと言えば、さも他人事であるかの様に──他人事ではあるのだが──闘志剥き出しの
その、『興味を惹かれるもの』とは──。
「──……にして』
「「ん?」」
いつの間にか、その細い首に下げた小さな立方体を握りしめていた望子であり、どういう訳か這う様な風が流れ始めた事を感じ取った二人がそちらを向くと。
そこには、つい先程までの愛らしい黒髪黒瞳の少女の姿など何処へやらという、ボロボロな黄緑色の外套を羽織った、高い上背の割に童顔な女性がおり──。
その女性の正体が、かの風を司る邪神ストラの姿を
『いいかげんにしてっていってるの!! けんかするなら──……っ、
「「なっ──」」
先程までよりも明確な怒気と、その怒気を抱かざるを得なくなった切っ掛けが自分にもあるという事への若干の罪悪感とともに両手に浮かべた不可視の球体を二人に向かって撃ち出し、それは次第に形を変える。
……斬撃? 打撃? それとも射撃?
──……否。
『『──クエェエエエエエエエエエエエエッ!!』』
「「!?」」
それは、かつてストラが眷属として使役していたものの、ローアの超級魔術──
「ぅおぉ!? み、ミコ!?」
「お前それ邪神の──」
驚きのあまりか対応し遅れてしまい、それらを飛ばしてきた望子に対して言いたい事も言えぬまま──。
「「「「「──……!?」」」」」
──
……そう、文字通り消えてしまったのである。
望子が召喚した二体の
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