第285話 もう一度、決意を新たに──
一方その頃、漁村メイドリア──。
村民たちや大陸中の元権力者たちへの説明責任も果たし、それから数日後に望子も目覚めたという事で。
一行に貸与されている、カナタのお陰で綺麗に修繕された家屋の居間に集まっていた彼女たちの話──。
「──とうとう向かう訳か、魔族領とやらに」
「そういう事であるな」
いつになく真剣な表情と声音を以てして確認するかの様に、ウルが次なる──というより、おそらく最終目的地となる魔族たちの本拠地の名を口にした事によって、ローアは我が意を得たりとばかりに首を振る。
「長かっ──……たっけ? いや、そうでもない?」
「えぇと……どうだったかしら」
それを聞いていたフィンは『長い道のりだった』的な事を言おうとしたのだろうが、よくよく考えると召喚されてからの日付感覚に自信がない事に気がつき。
そんな彼女と同様に異世界での滞在期間を失念しているらしいハピが、おそらく覚えているだろう者を求め一行の中でも特に頭が回り、ついでに言えば望子たちと最初に仲良くなった
「貴女たちが召喚されてから、およそ半年程の筈だ」
「半年か、そんな長旅って訳でもねェンだな」
「……短いとも言いきれないけどね」
当のレプターは一本、また一本と指を折り畳みつつ望子たちと出会ってからの月日を数えてから、およそ半年弱くらいの筈だと答えてみせ、もう一年くらいは経っているのではと思っていたらしいカリマは軽い驚きを露わにし、ポルネは少なからず望子へ同情する。
何せ、あれだけの力を持っていても望子は八歳児。
本来なら、まだまだ親に甘えていてもいい時期で。
思春期にさえ差し掛かっていない子供が半年も親元を離れる事を強いられ、あまつさえ世界を掌握しようなどと企む存在を討ち倒さなければ帰る事も叶わないなんて、もし自分が望子の立場だったらと考えると。
……とても受け入れられるとは思えない。
(……あの三人がいるからこそ、なんでしょうけど)
尤も、それも全ては三人の
それでなければ、きっと──。
「──……ポルネ? どォかしたかァ?」
「っ、い、いえ、何でもないわ」
「? そォか」
そんな風に影を落とし、されど強い決意がこもってもいる相方の表情を見て違和感を覚えたカリマが覗き込みつつ問いかけたはいいが、その相方は『気にしないで』とばかりに首を振る事しかせず、これ以上は聞いても無駄かと判断したカリマはあっさりと諦めた。
「──……ぁ、あの……っ」
「どうしたの? ファルマ」
こうして一行の会話が途切れる事なく繰り広げられる中、唐突に軽く手を挙げて控えめな声で割って入ったファルマに、カナタは首をかしげて二の句を待つ。
「……わ、私も、ダイアナ様のご加護を授かりましたし……もし皆さんが良ければ、お手伝いをと思──」
すると、どうやら彼女は自身が一行と同じ様に植物を司る女神からの加護を受けた事で、これなら僅かにでも力になれるかもしれないという希望的観測を以てして魔王討伐への助力を申し出んとした様なのだが。
「──キミじゃ無理だと思うよ、ファルマ」
「えっ」
「……キュー? どうしてそう思うの?」
そんな彼女の決して軽くはない覚悟をバッサリと切り捨てたのは、ダイアナの神力によって
「同じ神官でも、カナタは聖女だっていうのもあるけどね。 それ以上に、お母さんがカナタとキミに授けた加護は正確に言うと中身が違うってのが重要で──」
無論、キューとしても特に理由はないけどとか単に気に入らないからとか、そんな馬鹿馬鹿しい科白を吐くつもりはない様で、『ファルマはカナタと違って聖女じゃないから』という一番尤もらしい理由以上に。
授かった加護の中身が異なるからと語り出す──。
カナタもファルマも一応は同じ神官という職業に就いており、ダイアナが二人に授けた加護が『癒しの力を強める』事にあるというのは特に間違っていない。
しかし、カナタは聖女であり
そんなカナタとは違い、ファルマは聖女でも何でもない単なるいち神官である為、ダイアナが彼女に授けたのは『癒しの力を強める』加護、ただ一つのみで。
当然ながら、そのぶん彼女の癒しの力はカナタには劣りこそすれ世界規模で見ればトップクラスとなっており、そう考えると同行を許可してもよさそうだが。
……癒せるだけでは駄目なのだ。
通常の冒険者稼業だったり神官としてのお役目だったりなら、その一点にさえ優れていればそれでいい。
しかし、『魔王討伐』なる壮大かつ無謀な──それでいて、もう目と鼻の先とも言えなくはない目的を達するには、ある程度の戦闘力がなければ足手纏いで。
今なら上級相手でも単独で討伐しうるカナタと、おそらく中級と同じかそれ以下の力しかない彼女では。
どちらが魔王討伐に相応しいかなど一目瞭然。
もう一度言おう──。
癒せるだけでは──駄目なのだ。
「──……そういう事だから、キミには
そういった幾つかの理由もあって、ファルマの同行は個人的におすすめしないと口にし、そのまま同意を求める様に視線を移した先にいる白衣の少女、唯一メイドリアに入る事を許されていた魔族に話を振ると。
「……まぁそうであるな。 これを我輩に曰う権利はないであろうが──……無駄に命を散らす意味はない」
「……そう、ですか──……分かりました……」
当のローアは、どういう感情からなのか何やら不服そうな表情を露わにしており、かと言ってキューの話を否定するつもりはないらしく、かつて数えきれない程の命を奪ってきた者の発言とは思えない慈悲深い言葉を受けたファルマは、しゅんとしつつも納得した。
(……聖女以外に神々の加護を得た神官も研究対象としたかったが──……こうなってしまっては致し方ない)
どうやら、ローアは女神の加護を得た聖女の比較対象としてファルマの同行を許可するのも悪くないと考えていた様で、キューがいち早く拒否した事によって不満げにしていたらしいが、もう本人が諦めてしまっている為、引き下がらざるを得なくなったのである。
「それじゃあ──……もう、ここをでるんだよね」
「そういうこった。 覚悟は出来てるか? ミコ」
それから、ここまで沈黙を貫き仲間たちの会話を見守っていた召喚勇者──望子が、いつかは訪れる事になるだろうとは分かっていても少しだけ身体を震わせているのを感じ取ったウルが、それを踏まえて『準備はいいか』と敢えて試すかの様に問いかけたところ。
「──うん。 まおうをたおして、かえるんだ。 もとのせかいに……おかあさんのところに。 だから、がんばるよ。 みんな……わたしにちからをかしてくれる?」
望子は、その小さく可愛らしい手を薄い胸元でぎゅっと握りつつ、この世界に喚ばれた頃とは比べ物にならない程の決意と覚悟を秘めた表情と声音を以て、そんな決意と覚悟を実現させる為に力を貸してくれるかと仲間たち一人一人に視線を向けて確認すると──。
「はっ、んな当たり前の事聞くなよ! あたしはお前のぬいぐるみなんだ、お前の為なら何だってするぜ!」
真紅の瞳をギラギラと輝かせて──ウルが。
「勿論、私も死力を尽くすわ。 ここまで、こんなに頑張ってきたんだもの。 きっと元の世界に帰れるわよ」
翠緑の瞳を悩ましげに細めて──ハピが。
「そうそう! それに、この中で一番強いボクもいるんだから! みこは何にも心配しなくていいからね!!」
紺碧の瞳を自信ありげに見開いて──フィンが。
「既に私の頭の天辺から足の爪先まで、その全てはミコ様の物ですので。 そうせよと命じていただければ」
片膝をつく事で忠誠心を示して──レプターが。
「幹部や側近、魔王様には手を出せぬゆえ力にはなりきれぬが──……まぁその、『友達』であるからな」
何処か照れ臭そうに褐色の頬を掻き──ローアが。
「オマエに拾われた命だ、オマエの為に使う事に後悔はねェ。 アタシらの力が通用するか知らねェが──」
望子に対し強い恩義を露わにして──カリマが。
「私も同じ。 この力の全てを貴女の為に振るうと誓うわ。 ミコちゃんに逢えなくなるのは寂しいけれどね」
全てが終わった後の事を憂慮して──ポルネが。
「ミコにはお母さんの加護もあるみたいだし実質姉妹だよ!
突然の妹宣言を当然の様に口にして──キューが。
「──……そもそもは私が、あの愚王の命令に逆らえなかったのが全ての始まりだったのよね。 勇者召喚さえ行使しなければ、こんな事にはならなかったのに」
「かなさん……」
それから意図せず順番が最後になったカナタの懺悔に、ここまで皆の答えを聞いていた望子は思わず名を呼び彼女の震える手に自分の手を添え二の句を待ち。
「……勝手かもしれないけれど、もう随分と前に決めてたの。 もしも貴女と再会出来て、もしも私を受け入れてくれたら必ず貴女を元の世界へ帰す手伝いをするって。 だから貴女の為に命を捨てる事を許して──」
ほんの少しの静寂の後、彼女は今この瞬間までずっと抱き続けていた、『たとえ自分が死ぬ事になっても望子を元の世界に帰す』という自暴自棄とは違うが命を懸ける事に変わりはない覚悟を秘めた発言を、その空色の瞳に自責の念からくる涙を浮かべたはいいが。
そんな彼女に対し望子はふるふると首を横に振り。
「おかあさんのところにかえりたいのは、かわらないよ。 でもね? わたし、このせかいにきて……みんなにあえて、ほんとによかったっておもってるんだ。 だから、『いのちをすてる』なんていわないで──ね?」
「……っ、う、うん……っ、うん……!」
「わっと……よしよし、だいじょうぶだよ」
今でも最愛の母親に逢いたい気持ちが変わっていないのは勿論ではあるものの、ぬいぐるみたちが
その中には当然、自分を異世界に召喚した張本人であるところのカナタも含まれており、だからこそ命を捨てるなんて言わないで皆で生き残って、その後は今まで仲良くなった人たちも合わせてお祭りでも出来たらいいね──なんて、にこやかに笑ってみせた事で。
……カナタは思わず、ぎゅっと望子を抱きしめた。
これまでであれば、カナタはぬいぐるみたちの圧に怯えて、この様な大胆な事は出来なかっただろうし。
ぬいぐるみたちも、この様な事は許さなかった筈。
カナタの覚悟と決意が本物であると理解したから?
それもあるのだろうが、それ以上に──。
──絶対に魔王を倒し、この子を元の世界に。
そんな風に決意を新たにしていた為、カナタに構っている場合ではなかったというのが大きいのだろう。
「……」
ローアだけは、どうにも複雑な表情をしていたが。
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