第276話 再会、勇者一行

 しばらくの間、声にならない声を上げて望子との再会を喜んでいたフィンだったが、やっと落ち着きを取り戻し始めたのか少しずつ地面へと降りていき──。


「ほんとに……っ、ほんとによかった……! みこが無事じゃなかったら、……っ!!」

「お、おちついて、いるかさん……ね?」


 この世界にて亜人族デミの身体を得た時と同じから涙を流しつつ、その瞳に確かな殺意をも纏わせている彼女を見た望子は、フィンの言葉に込められた歓喜と殺意──双方を感じ取った為に苦笑しており。


 そんなフィンの後方──自分の前方に、フィンの殺意が向けられて然るべき相手と言える生ける災害リビングカラミティが居合わせている事を考えると、ちょっと不味いのでは。



 と──子供ながらに悪い想像をしていた、その時。



「──……っ、ミコ様!! ご無事ですか!?」

「よかった……! 間に合ったのね……!」

「うむうむ、息災の様で何よりである」

「とかげさん! かなさん! ろーちゃんも──」


 全速力で飛んできたフィンに少しばかり遅れる形でやってきた、レプター、カナタ、そしてローアの三人が各々望子との再会を嬉しむ旨の言葉を口にするとともに、こちらへ走ってきているのを見た望子は晴れやかな笑みを湛えて皆の名を呼ぼうと──したものの。


「……? えっ、と……?」


 その三人の隣だったり後ろだったりに、どうにも見覚えの無い二人の麗しい女性がいる事に疑問を覚えている様で、いみじくも首をかしげていた望子に対し。


「あ……わ、私ですよね?」

「え、う、うん……」


 カナタのそれとは装飾が異なる神官服を召したファルマが、おそらく自分の存在が気になっているのだろうと先読みして声を発する一方で、どちらかと言えばファルマよりもう片方の女性を気にしていた望子だったが、それを表に出す事なく肯定して二の句を待つ。


「えっと、ファルマと申します。 漁村メイドリアの神官の一人──あぁいや、もう私一人だけなので今のはお気になさらなくても結構です。 よろしく、どうぞ」


 そこから姿勢を正して一礼した彼女は、すぐ近くに魔族がいる事に若干の怯えを見せながらも自己紹介し出し、『神官の一人』というのは自分以外に誰一人残っていない事を踏まえると適切な表現でないと思い直したのか、その部分だけ訂正しつつそう締め括った。


「しん、かん……それじゃあ、かなさんとおなじ?」

「えぇ、そうよ。 お友達……かしらね?」

「い、いえ! そんな畏れ多い事は……!」

「……?」


 翻って、『神官』という職業はカナタが一時的に名乗っているものと同じだと覚えていた望子が、カナタの方を向いて確認する様に問いかけたところ、それを受けたカナタはニコッと笑って冗談めいた発言をし。


(かなさんのおともだち……なら、だいじょうぶ──)


 ファルマはファルマで、『聖女様と自分が友達などと』と必死に──されど、どこか親しげに否定しようとしていた為、強ち冗談でもないのだろうと子供ながらに判断した望子が安堵の感情とともに息をついた。



 ──ちょうど、その瞬間。



「──えいっ!」

「うわっ!?」

「あぁっ!?」


 望子が気にしていた、もう一人の女性──神樹人ドライアドへの進化を遂げたキューが、フィンの腕の中に収まっていた望子を地面から生やした根っこで掻っ攫うだけでなく、そのまま自分の方まで引き寄せたうえで抱きしめてきた為、望子は当然ながらフィンまでもが驚き。


 香草ハーブ薄荷ハッカの様に爽やかな香りもあり、それでいて薫衣草ラベンダー茉莉花ジャスミンの様に甘く芳醇な香りもする彼女が。


「ねぇねぇ、『キュー』が誰だか──あっ! 言っちゃった! せっかく隠そうとしてたのにぃいいいい!!」

「いたた──……えっ?」


 単純に問題にしたかったのか、それとも一週間前までとは全く違う自分に気づいてほしかったのかは分からないが、ついつい一人称を変えぬまま衝動的に望子へ話しかけてしまった事にショックを受ける中──。


 自分を抱きしめている、まるで女神の様な美しさを誇る翠緑の髪を靡かせた女性が、まさか少し前まで掌サイズの樹人トレントだった筈のキューだとは思いも寄らず。


「……きゅー、ちゃん……?」

「うん! そうだよ!」

「え、えぇ……っ?」


 本当に本当なのか──そんな想いを込めて、おそるおそる見上げながら名を呼ぶと、キューは心底嬉しそうに微笑み返事をするも望子の疑念は消えていない。


(おとなに、なったってこと……? わたしがいないあいだに、なにがあったんだろう……きいてみないと)


 何せ、つい一週間前まで自分の肩に乗せられるサイズだったというのに、それが少し離れていた間に身長が伸びるだけでなく顔立ちも人族ヒューマンに近づき、ましてや言葉も流暢に話せる様になるなど信じられないから。


 とはいえ、こうして自分の目の前にいる以上は信じざるを得ないもの事実であり、まずは事情を聞いてみない事にはと考えた望子が声を出そうとするも──。


「こらぁ! みこはボクのなの! 取らないでよ!!」

「えーっ? ミコは皆の勇者様だよー?」

「ちょ、ちょっと……」


 それを遮ったのは、キューが生やした根っこから水分を奪って枯らす事で力が弱まったところを狙い望子を取り戻したフィンであり、ぎゅっと望子を抱きしめながら所有権を主張してきたが、キューの方が正しい主張をしている気がする──と誰もが思っていた中。


「……フィン、キュー! そこまでだ! ミコ様が困っておられるだろう! 離してさしあげろ! それに──」


 二人の間で困惑していた望子にいち早く気づいたレプターが、まかり間違っても望子を傷つけたりはしない様にと加減した力で望子を解放させたうえで──。


「忘れている訳じゃないだろうな!? ここは──」


 どうにも緊張感の無い二人に、ここがどういう場であるかを改めて自覚させるべく魔族たちを指差すと。


「「──戦場、でしょ?」」

「……あぁ、そうだとも」


 フィンとキュー、一行の中では特に口調の似通っている二人は全く同じタイミングで全く同じ言葉を口にしてみせ、ここが紛れもなく戦場であると分かっていながらにして余裕を見せていたのだと理解したレプターが若干の呆れとともに首を縦に振った──その時。


「一週間ぶりじゃん、アホ魔族。 ボクは、あの戦いの時より更に強くなったんだ──ぶっ殺してあげるよ』

「「……っ!!」」


 パキパキと、わざとらしく両手を鳴らしつつイグノールを挑発する発言をしたフィンは、つい一週間前に暴走したばかりの恐化きょうかと呼ばれる力を既に使いこなしており、あくまで大きさはそのままに海竜モササウルスの骨を鎧の様に纏った姿で絶対強者特有の覇気を放ち威圧する。



 ……この姿こそ、フィンの思い描いた最強の形態。



 望子を両腕で存分に抱きしめられるサイズを保ったうえで、その強さを損なうどころか更に強めている。


 実際に試してみなければ分からないが、おそらく一週間前の暴走の時の状態よりも今の方が強い──女神の加護というのは、それ程の影響を及ぼし得るのだ。



 きっと、ウルやハピも──。



 しかし、その威圧に怯えていたのは本命のイグノールではなく、蚊帳の外のヒューゴやフライアであり。


「はっ! 雪辱戦リベンジマッチって訳か! 面白ぇ、来いよ人魚マーメイド!」

「言われなくても──」


 目の前で異質な変異を遂げるフィンにも全く怯む事なく、イグノールが魔族特有の邪悪で昏い──されど確かな愉悦をも感じ取れる笑みを湛え、さも再戦を心待ちにしていたと言わんばかりに煽った事で、フィンだけでなくキューやレプターも臨戦態勢に突入する。



 ──かの様に思えたが。



「──……っ、まって! みんな!!」

「「うわっ!?」」

「なっ!?」

「うおっと!」


 そんな勇者一行と魔王軍幹部の間に割って入ったのは他でもない召喚勇者みこであり、フィンやキューは勿論の事、レプターやイグノールでさえ驚きを露わにし。


「みっ、みこ!? 危ないから下がってて! ね!?」

「そうだよ! ここはキューたちに任せて!」


 護らなければならない対象が目の前に現れた為、瞬時に恐化きょうかを解除したフィンや、ダイアナから直に注がれた神力の解放を緩めたキューが望子をやんわりと諌めようとしたが、それでも望子はめげずに首を振る。



 ……説明しなければいけないからだ。



「ち、ちがうの! は、てきじゃないの!」

「……はっ? い、いぐさん……?」

「ミコ様、何を仰って……?」


 そして意を決した望子が、イグノールを仇名で呼ぶとともに彼は敵では無い──少なくとも今は──と主張するも、フィンたちとしては望子が何を言っているか全く分からず驚きより困惑が勝ってしまっていた。


 それも無理はないだろう。


 何しろ望子が庇っているのは生ける災害リビングカラミティ──魔王軍幹部の一角であると同時に、この大陸ごとディアナ神樹林を女神すら巻き込んで破壊した魔族なのだから。


「ははぁ、そういう事であるか。 成る程、成る程」

「ど、どういう事……?」


 フィン、レプター、カナタ、ファルマが露骨に困惑する中で、どうやら何かを明確に察したらしいローアが意味深な呟きを漏らし、フィンが先を促すと──。


「イグノール、貴様──ミコ嬢と同盟でも結んだか」

「「「「同盟!?」」」」

「……あー、そういう感じかぁ……」


 ローアは何でもないかの如く、あっさり望子が彼を庇った理由を看破してみせるとともに同盟を結んだ事さえ勘づいており、その言葉にフィンたちが声を揃えて驚く一方、ローアと並んで一行で随一の知能を持つまでになっていたキューは彼女の言葉で悟った様だ。


「……あぁそうだ、ミコこいつと俺は同盟者アライアンスになった。 『魔王コアノル=エルテンスを倒す』って名目の下にな」

「「「「!?」」」」

「……やはり」

「だと思ったぁ」


 そんな折、隠す意味もねぇかと判断したイグノールはローアの発言を首肯し、つい先日に『魔王討伐への協力』を金科玉条とした同盟者アライアンスになったばかりだと告げた事で、フィンたちはまたしても表情を驚愕の色に染めてしまっており、それらはローアやキューの冷静な表情や口調とはあまりに対照的である様に見えた。


 その後、『ふむ』と唸ったローアは視線を逸らし。


「ヒューゴ、と──……あぁフライアか。 念の為に問うが、イグノールの言葉に相違は無いのであるな?」

「! は、はっ! 間違いありません……!」

「……えぇ、ほんの少しも……」


 視線の先で震えていたヒューゴと、およそであるとは思えない程やつれていたが、おそらくフライアなのだろう魔族に対し、イグノールが口にした同盟とやらに相違点は無いかと確認を取ったところ、ヒューゴたちは即座に片膝をつきつつ間違いは無いと返答。


 本来、同じ上級なのだからフライアがローアに対し敬服を示す姿勢を取る必要は無いものの、もう中級と同等かそれ以下の力しか残っていない自分がローアの反感を買ってしまっては──と判断した結果である。


「ならば良いのである……ミコ嬢、一先ずは互いに情報の交換をするべきだと愚考するが──如何かな?」


 それを受けたローアは、ある程度の納得は出来た様で二人から露骨に視線を外した後、望子を落ち着かせる意味でも比較的優しい笑みを湛えながら、ここまでの一連の流れを互いに共有しておくべきだと提案し。


「……いいよ。 ここにいない、おおかみさんたちのこともききたいし……わたしも、はなすことあるから」

「うむ。 では──」


 そんなローアからの提案を特に断る理由も思いつかない望子が、こくりと首を縦に振って『この場にウルやハピ、カリマやポルネがいない理由』についても聞きたいし、つい先程の同盟や新たに得た力についても話さなければと告げた事で、ローアも同じ様に頷き。



 召喚勇者、魔王軍幹部、聖女──そして、ぬいぐるみまでもを含んだ合計九人の話し合いが幕を開けた。

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