第204話 落ちてきたもの

「──おい! 陸が見えてきたぜ!」

「! ほんと!?」

「結局ポルネの予想通りだッたな」

 

 別室から合流したハピとローアも含め、最も広い船室にて談笑していた八人だったが、そんな望子たちのもとに今日の見張りを担当していたウルとカリマが扉を開けつつ報告するやいなや、いの一番に反応した望子が二人とともに甲板へ向かった事で、残りの者たちも望子に釣られて一人、また一人と船室を後にする。


 そして、全員が甲板に勢揃いした事を確認したウルがビシッと指差す方向に目を向けると、そこには確かに陸……というより港の様なものが視界に映った。


「おー、確かに……町っぽいのもあるけど、この前の町より小さくない? あ、遠いからかな」


 真っ先に口を開いたフィンの言葉通り──遠近法との兼ね合いもあろうが──以前訪れた港町であるショストと比較すると随分と小規模な町が見てとれる。


「私の眼にも小さく見えているぞ。 ローアの推測が正しいなら、あそこに魔王軍の幹部がいるんだろう? その被害で縮小したという事もあるかもしれないな」


 とはいえ、ハピ程ではなくとも十分に超人的な視力と観察眼を持つレプターの龍の眼にも町は小さく見えていた様で、『ふむ』と顎に手を当てながら数日前のローアの推論を思い返して何の気なしに独り言ちた。


「それより、あの大きさの港じゃあ……この船、泊められない様な気がするんだけど……」

『きゅあ?』


 そんな中、一般的な人族ヒューマンの視力しか持たないカナタが、同じく港町ではあるのだろう事は船が泊まっている事実からも分かるが人の姿は見えず、泊まっている船も決して大きくなく、綺麗とも言えない港の状態を見て、許容範囲超えキャパオーバーではないかと控えめに提言する。


「うむ、我輩も同意見である。 まぁ、ミコ嬢が勇者である事実を隠さねばならぬ以上……この巨船を表立って停泊させるのは、どのみち得策ではなかろうが」


 それを受けたローアはハピにもレプターにも劣らない薄紫の双眸で港を見遣り、『姿が見えないとはいっても人族ヒューマンはいるのだろうし』とでも言いたげにふところから人化ヒューマナイズの薬を取り出しながら、港町とは別の目立たない場所への停泊を全員に対して申し出てみせた。


「あぁそれなら……あの岬なんてどうかしら? 他に船も泊まってなければ、人の姿も無い。 かといって、そこまで町から離れてもいない。 目立たない様に停泊するには、ちょうどいい場所だと思うのだけれど」


 すると、それまで超人的な視力を持って高い位置から陸を見渡していたハピが、ローアの申し出を受け入れつつ、港町の近く……といっても多少なり歩かなければならない位置にある、ゴツゴツとした岩肌が特徴的な人気ひとけの無い岬を翠緑の瞳に映しながら提案する。


「……あたしにゃよく見えねぇが……ま、いいんじゃねぇの。 ミコ、お前もそれでいいか?」

「うん……ごめんね、わたしのせいでこそこそしなくちゃいけなくなっちゃって……」

「大丈夫だよ! みこのせいじゃないから! ね!」


 一方、嗅覚はともかく視覚に関しては人族より多少マシな程度のウルが目を細めつつも、一党パーティ頭目リーダーたる望子に確認を取ろうとすると、隠密にも似た行動を全員に強制させている事を理解した望子は申し訳なさそうに頭を下げたが、彼女たちは望子が悪いなどとは微塵も考えておらず、それぞれのやり方で慰めていた。


「……あっ、そういえば……私たちは人形パペットになってた方がいいかしら? ほら、手配されてるんだし」

「……あァ、そういやそうだッたなァ」

「え? ぬいぐるみにしたほうがいいの?」


 徐々にハピの言う岬に近づいてきていた頃、それまで沈黙を貫いていたポルネが唐突に声を上げたかと思えば、自分とカリマが犯罪者で指名手配もされていた事を思い出したらしく、望子とカリマを交互に見遣って呟くと、ここ数日の充実した船旅でそれをすっかり忘れていたカリマも同意する様に首を縦に振る。


「それは心配しなくていいと思うぞ? これはショストで聞いた話なんだが、貴女たち二人はウルたちが受けた海賊討伐の際に『全員死亡』という形で終わりを迎えた事になっているそうだからな。 つまりは──」

「……もう、手配はされてねェのか?」


 しかし、そんな三人の間に口を挟んだレプターはというと、ショストの町長であるグレースや冒険者ギルドのマスターであるファタリアから、あらかじめ彼女たちの処遇についてを詳しく聞いていたらしく、それを受けたカリマは何かを察しておそるおそる問いかけると、彼女は無言を持って肯定してみせた。


「よかったね、ふたりとも」


 嬉しいやら申し訳ないやら……何か複雑な表情を浮かべていた二人に対して望子は、『しめいてはい』という言葉は分からなかったが、彼女たちにとって良い事があったのではと判断して微笑みかけると、カリマとポルネは顔を見合わせてから望子に笑みを返す。


 その後、ローアの人化ヒューマナイズが済んだのを確認した望子たち一行は岬に船を寄せて錨を下ろし、嗅覚、視覚、そして聴覚に特化した三人の亜人ぬいぐるみが念の為にと辺りを警戒しつつ、ヴィンシュ大陸へと足を踏み入れた。


「……大丈夫そうだな」

「だね。 特に怪しい音とかも聞こえないし」


 とはいえ、そんな三人の警戒も虚しく辺りに異常は無く、『過剰だったか?』『警戒しないより良いと思うよ』といった会話をウルとフィンがする中で──。


「取り敢えず、さっきの町の方へ──あら?」

「あれって……まちのひとたちかな」

「そう、みたい……何か、叫んでる……?」


 港町に向かおうという旨の提案をしようと町がある方角へ顔を向けたハピの視界に、こちらへ指を差して叫んでいる人々の姿が映り、それは望子やカナタにも見えていたが何を言っているのかまでは分からない。



 ……しかし、こちらにはフィンがいる。



「なになに? ……逃げて? 上を、見ろ──っ!?」



 その聴覚で難なく人々の迫真なまでの声を聞き取ったはいいものの、何を焦っているのか理解しきれないままに上を向いたフィンが……硬直してしまう。


 そんな彼女の様子に違和感を覚え、『何事だ』と言わんばかりに彼女たちが疑問を声に出そうとした。



 ……その、瞬間だった。



「「「──っ!?」」」



 ──かつて王城で会敵した魔王軍幹部ラスガルドや、リフィユ山で図らずも遭遇した風の邪神ストラもかくやという、圧倒的な強者の匂いを感じ取ってしまったウルが。



 ──それぞれの器官は亜人ぬいぐるみたちに劣りこそすれ、その全てが人族ヒューマンを遥かに上回っているレプターが。



 ……そして何よりも。



 ──露骨なまでのを感じ取ったローアも含めた三人が一斉に空を仰いだ事で、残った望子たち六人も釣られてゆっくりと顔を上に向けてしまう。



 ……そこには。



「ドラ、ゴン……?」



 一見すると、かつてウルがドルーカ近くの草原で会敵した黄泉返りレヴナントの様に朽ち果てており、一体どうやって飛んできたのかも不明な翼膜の無い翼を羽ばたかせて、凶暴で凶悪な牙の生え揃った大きな口を開け、望子たち目掛けて飛来してくる巨大なドラゴンがいた。



 ……一行の誰もが表情を驚愕の色に染めつつも、何よりも望子を守るべく臨戦態勢を整える中で、ローアだけは落ちてくる龍を薄紫の双眸で見つめながら。




「イグノール──」




 ……生ける災害リビングカラミティ真名まなを呟いた。

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