第185話 勇者たちの昼食作り

 時は遡り、ローアがヴィンシュ大陸にいるかもしれないという幹部についての情報を話し終え、間も無くウルとレプターが腕相撲を始めんとしていた頃――。


「――かなさん。 かいとかえびとかいろいろ、さばくのてつだってくれる?」

「え、えぇ任せて」


 大人サイズのキッチンにて小さな手に合った包丁を扱い、寝間着と同じ空色のエプロンを身につけた望子は、多種多様な魚介を慣れた手つきで捌きながら、白いエプロンを身につけたカナタに指示を出す。


 ――無論、踏み台に乗った状態で。


「きゅーちゃんは……えっと、あらったおやさいのみずけをとってくれるかな。 わかる?」

『きゅ? きゅ〜……きゅっ!』


 そして望子は決して調理の手を休めぬままに、自分の右肩にちょこんと乗ったキューにも、サラダにする為に洗った色とりどりな野菜の水気を切って欲しいと指示を出すと、最初は首をかしげていたキューも何となく望子の言いたい事を理解出来た様で、腕の根っこを伸ばして表面の水滴だけを器用に吸収してみせた。


 ちなみに魚介や野菜を洗う為に使用した水は、フィンの魔術によって用意された害の無いものである。


「うんうん、ありがとうね。 えらいねぇきゅーちゃんは。 うまれたばっかりなんておもえないよ」

『きゅ〜っ♪』


 望子がキューの葉っぱで出来た頭を優しく撫で、当のキューが嬉しそうに目を細める一方、

(私なんかより全然手際が良いわ……)

 望子たちと合流するまでの道中にてレプターと交互に料理番を担当していたカナタは、望子のあまりの手際の良さに、本当に八歳なのかと苦笑いを浮かべる。


「かなさん? どうしたの?」

「え!? あ、あぁ何でもないのよ、気にしないで」


 ひるがえって、カナタの表情が視界に映った望子が首をかしげて何事かと問うも、目の前の少女は勇者なのだから何があっても不思議では無いと考え、カナタはブンブンと首と手を横に振って誤魔化しに徹した。


 ――尤も、目の前の少女をこの世界へと喚び出したのは……他でも無い、聖女である彼女自身なのだが。


 その後、そう? ときょとんとした表情を見せる望子に、話題を切り替えんばかりにカナタが口をひらき、

「それより……お昼は何を作るの? 今のところ、いくつかの魚介と野菜を切っただけだけど――」

 キッチンに……正確には、まな板やボウルに載せられている沢山の魚介や野菜に視線を移しつつ、お昼の献立について問いかけてみたところ――。


「ぇへへ、それはね……じゃーん!」


 望子は微笑みながら一旦キッチンを離れ、扉の近くに置いてある椅子に載せていた鞄から、細い紐で中央辺りを縛って束ねた――細長い金糸雀カナリア色の何かをいかにも嬉しそうに擬音付きで取り出してみせる。


「それって……パスタ?」


 この世界にも普通にある料理に使われる食品を目にしたカナタが確認するかの様に尋ねると、望子は我が意を得たりとばかりに、うん! と頷いた。


「これをしっかりゆでて、えびとかかいとかおさかなとかももりつけて……だからきょうのおひるは……なんだっけ……し、しー……?」


 その後、望子はキッチンの方へと戻りつつも料理の工程を声に出して確認していたのだが……肝心の献立の名がいまいち思い出せないらしく――。


「――もしかして、海鮮風シーフード?」

「! そうそう! しーふーどぱすたにするの!」

「そっか……うん、いいかもね」


 うんうん唸って望子が思案している中、望子が口にしていた事も含めて心当たりのあったカナタが水産食品の総称を挙げると、望子はハッとした表情を彼女に向け、ニコッと笑って献立の名を口にした事で、カナタも微笑みながらそれを肯定し、頷いてみせた。


 そして三人は望子の指示の下、大きめの寸胴鍋に湯を沸かし、港町で手に入れたばかりの塩を入れ、パスタを茹でつつ野菜を刻み……料理を進めていく中で。


「――それにしても……良く知ってたわね? 海鮮風シーフードなんて。 魚の捌き方だって、そこらの料理人より……」


 ふとそんな事を思った――いや、思ってしまったカナタが、何の気無しに望子を褒めようとしたのだが、

「……」

「え、ど、どうしたの?」

 瞬間、望子は料理する手を止めて俯いてしまい、何かまずい事を言ってしまったかと考えたカナタは自分も手を止めて、しゅんとした望子の顔を覗き込む。


「……おりょうりも、おそうじも、おさいほうも……ぜんぶ、おかあさんがおしえてくれたの。 『いつかきっと、望子の役に立つからね』って」

「あっ……」


 すると望子はポツポツとカナタからの問いに答えはしたものの、当のカナタはそれを受けて、やってしまったと言わんばかりに硬直してしまう。


 ――何せそれは、聖女たる自分の所為なのだから。


「そ、その……ごめん、ね……」

『きゅう〜』


 カナタはすぐに頭を下げて望子に謝意を示し、望子の肩に乗るキューは哀しげな表情を浮かべる望子を自分なりに慰めようとしているのか、腕の根っこを少しだけ伸ばして望子の頬をゆっくりと撫でている。


「……うぅん、こっちこそごめんね。 おかあさんとあえないのはさびしいけど……いまは、みんながいるから。 もちろん、ふたりもね」

『きゅ〜!』


 そんな二人に対して望子は、きっと自分が一番辛い筈なのにも関わらず、彼女たちにこれ以上余計な心配をかけさせまいと微笑み、皆を心の頼りにしているのだと伝えると、それを理解したキューが心底嬉しそうに鳴いてから望子の首元に抱きつく一方――。


(……絶対に、元の世界に帰してあげなきゃね)


 勇者と樹人トレントの微笑ましいやりとりを見たカナタは、然程大きくも無い胸の前でぎゅっと拳を握りつつ、決意を新たにせんと脳内でそう呟いていたのだった。


「――うん、あともうちょっとかな……ふたりとも、てつだってくれてありがとう。 あとはわたしひとりでもできるから、むこうでまってていいよ」


 その後、実にもの料理をほぼ完成させた望子は、肩に乗っていたキューをカナタに手渡しながら笑みを見せてそう告げたものの、

「え? でも配膳――えっと、運ぶのは一人じゃ……」

 カナタはきょとんとした表情を見せつつ、もしかしたら『配膳』では伝わらないかもと思い分かりやすく言い直してから、最後まで手伝うわよと口にした。


 ――次の、瞬間。


「だいじょうぶだよ――ほら」

「っ! その、尻尾……!」


 思わず目を見開いてしまったカナタの視界に映ったのは、首元の小さな立方体を握りしめた望子の腰辺りから、パァッと鮮やかに花開く様に広がり、煌々と輝く蒼炎でかたどられた――九本の狐の尻尾。


 それは、ドルーカの町の魔具士であり、望子の魔術の師匠でもある狐人ワーフォックス――リエナの手によって望子が持つ魔道具アーティファクト運命乃箱アンルーリーダイスに込められていた超級魔術の一つ、火化フレアナイズによるものだった。


「うん、おししょーさまのだよ。 これがあればひとりでもはこべるからきにしないで、ね?」


 自分が慕う師匠について心の底から嬉しそうに語る望子の頭には、ついでの様に青いの狐の耳も生えていおり、どうやら譲るつもりは無さそうと判断したカナタは、溜息とは違う長めの息をふーっと吐いて――。


「……分かったわ。 何かあったら呼んでいいからね」

『きゅ〜』

「うん! ありがとう!」


 望子の艶のある綺麗な黒髪をクシャッと優しく撫でてから、軽く手を振るキューと共に部屋を後にした。


「――よし。 それじゃあ、『しあげ』をしようかな」


 その後、望子はそう独り言ちて部屋の隅にある椅子の上に置いた鞄――立派な魔道具アーティファクトである無限収納エニグマから、二つのぬいぐるみを取り出した。


 ――デフォルメされた、蛸と烏賊のぬいぐるみを。

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