第177話 三つの力で

 望子が無事にカリマとポルネをぬいぐるみにする事が出来てから、既に一月ひとつきと少しの時間が経っていた。


 一刻も早く魔王を討伐し、元の世界に帰らんとしている筈の望子たちだったが……何故か彼女たちは未だ港町ショストに滞在している。


 海賊騒ぎのせいでとどこおっていた様々な種類の依頼クエストをこなしながら、とても魔王討伐の旅の途中とは思えない程に平和な日々を過ごしていたのだった。


 ――それは一体何故なのか、と問われれば。


「――やっっっっと出来たのか、船」

「おぅよ! そりゃあ凄ぇのが造れたぜ!」


 ――そう、海賊討伐を達成した際の報酬として海運ギルドのギルドマスターであるオルコから、海を渡る為の船を造ってやると言われて早一月ひとつき、何もせずにただ待っている訳にもいかず、さりとて他にやる事も無かったが為に依頼クエストを消化していく他無かった……というのが正しいのかもしれない。


 望子たち一行が宿屋にて朝食を摂っている最中に扉を勢いよくけて、大きな身体で入口をくぐって会話に割り込み、完成報告をしてきたオルコに対して、

「しかし……やっととは言うが、造船が一月足らずで完了するなどという事があるのか? 図面を引いて、資材を仕入れて、それを組み立てて……そんな多様な工程があるんじゃなかったかな」

 駐屯兵という、基本的に王都から離れる事の無い職に就いていたレプターではあったが、知識だけはあったらしく怪訝な表情で造船の期間について尋ねる。


 すると当のオルコは、何か後ろめたい事でもあるのか、たははと苦笑いを浮かべてしまっており、

「あぁそれなんだけどよ……いや、これは実際見てもらった方が早ぇだろうな。 取り敢えず、今からうちのギルドに来てもらえるか?」

「うん。 みんなもそれでいい?」

 真紅の髪を大きな手でガリガリと掻きながらそう提案した事で、幼くとも一党パーティ頭目リーダーたる望子が全員に確認し、彼女たちは一様に頷いてみせた。


 その後、速やかに朝食を終えた望子たちは、オルコに連れられて海運ギルドの船渠へ向かい、

「おぅ、野郎ども! この船を渡すに相応しい、町の恩人たちを連れて来たぜ! 最終確認は済んだか!?」

「「「おぉ!!」」」

 堅牢かつ大きな扉を軽々と開けたオルコが、中に入るやいなや船渠中に響こうかという大きな声でそう叫び、作業をしていた職員や、他所から派遣されてきたのだろう造船業者が元気良く返事をする。


 当の船は大きな布を被せられている兼ね合いで、ウルたちからはまだその全貌が見て取れず、

「かなりでけぇんじゃねぇか、これ」

「うんうん、楽しみだねぇ」

 ウルやフィンたちがウキウキとしつつ、オルコの船程では無くとも結構な大きさのそれを見上げる一方、

「……これ、もしかして」

 ハピだけは、両方とも翠緑に戻ったその瞳を妖しく光らせて、何かしらの心当たりがあるのか、まるで布の下にある船の姿が見えているかの様に呟いていた。


 そして、オルコがズンズンと船の方に近づいていくと同時に、職員や業者たちが船から離れて、

「っし! さぁご照覧あれ! これが俺たちの造ったお前たちに贈る船! 三素勇艦デルタイリスだ!!」

 おそらく彼女がつけたのだろう船の名を叫びつつ、被せられていた布を勢いよく外すと――。


「うわぁああ! すごーい!」

『きゅ〜!』


 かたや黒い瞳を、かたやツルンとした緑色の瞳をキラキラと輝かせながら、いの一番に叫んだ望子とキュー始めとした彼女たちの視界には、オルコの船と同じく木製の造りでありながら、その全体を黒々とした鉄で覆われており、赤、緑、青の三色の線が入った大きな帆と、船の中心にそびえ立つ……船檣マストとは違う巨大な鉄製の円柱が特徴的な帆船が映っていた。


「……これを無償で? 凄いな」

「これに十人……あぁいや、八人で乗るの?」


 たたた、とキューを頭に乗せたまま小走りで船に近寄っていく望子に対し、これだけ豪華な船が無料ただでいいのかとレプターは素直に驚き、一党パーティメンバーにあの二人を加えたのを此処で言ったらまずいかな、と考えたカナタがそう言い直しつつも、どう見ても過大なんじゃと思っていた中で――。


「すっげぇ、けど……どっかで見た事ねぇかこれ」

「あ、ウルも思った? 実はボクもなんだよね」


 どうやらウルとフィンは目の前の船に既視感がある様で、んー、と揃って腕を組み唸っている一方、

「……やっぱりね。 さっきからそんな気がしてたわ」

「あー……やっぱ気づいちまうか?」

 そんな二人よりも更に強い既視感をいだき、布が外された瞬間にそれが確信へと変わったらしいハピがそう呟くと、オルコはいかにもバツが悪そうに頭を搔く。


 そしてハピは、スッと右手の人差し指を船に向け、追求……とまではいかずともオルコを射抜いたまま、

「これ、海賊の船じゃないの?」

「「……あー」」

 実に一月以上も前に達成した海賊討伐の際、カリマやポルネと共に、依頼クエスト達成の証明になるかもと持ち帰っていた海賊船ではないか? と問うと、オルコはむっつりと頷き、既視感の正体が判明したウルたちはまたも二人揃って間の抜けた声を上げていた。


「それはまた、何というか……」

「流用、であるか」


 そんな中、死んだ海賊たちの亡霊が憑いてそう、と考えたカナタが苦笑する一方で、一切の臆面も無くローアが顎に手を当てズバッと言ってのけた途端、

「いやいや待ってくれ! 別に手を抜いたとかそういうんじゃねぇんだ! これにはちゃんと訳があってよ!」

「訳って……どんな?」

「……じ、実はな――」

 オルコと……ついでにその場にいた職員や業者たちも、随分と慌てた様子で流用に至った理由があるのだと言って、口ごもりながらもその理由を語り始める。


 ――結論から言ってしまえば、他所の国から派遣された業者はともかく、肝心の造船に必要な資材が集まりきらなかったとの事だった。


 普段――正確に言うと海賊騒ぎの前までは、世界規模で魔族の影響を受けているといっても、木材も鉄鋼材も全く問題無く仕入れる事が出来ていたらしい。


 しかし、ショストが海賊たちの被害に遭っている中でも、魔族の支配の侵攻はお構い無しに進んでいた様で、この港町が取引をしていた国の商業が魔族による打撃を受けてしまい充分な資材が手に入らなかった。


 そんな時、とある職員が口にした『海賊船あれもとに造ればいいんじゃないか?』という言葉を皮切りに、それだ! とオルコたちは天啓を受けたかの如く作業にのめり込み……目の前にある船が完成したとの事。


「――成る程。 まぁ無理もないのであるな。 最も魔族からの被害が軽微なガナシア大陸と、魔族の揺籃たる魔族領を除けば……人族ヒューマンがまともに生活出来る場所など……最早、『ヴィンシュ大陸』のみであろうし」

「……ヴィンシュ大陸?」


 オルコの説明……もとい、言い訳が終わると同時にローアが口を開き、さも自身が魔族で無いかの様な口ぶりで世界情勢を長々と語った末に出て来た、聞き慣れない大陸の名をウルが聞き返すやいなや、

「ん? お前たちはヴィンシュ大陸に行くんだろ? まさか魔族領に踏み込もうって訳でもねぇだろうし」

「え? あ、あぁそりゃそうだろ。 ははは」

 そういや行き先聞いて無かったな、と考えたオルコがきょとんとウルを見下ろす一方、当のウルは乾いた笑みを浮かべ、何とか誤魔化す事に成功していた。


 そんな彼女に助け舟でも出すかの如く、いつの間にか船を差していた手を下ろしていたハピが、

「それで? どうしてその……デルタイリス? って名前になったのかしら。 何か理由があるのよね?」

 先程オルコが口にしたこの船の名の由来を問いかけると、彼女は途端にニィッと笑みを見せて、

「あぁ、勿論だ! この船は見ての通り帆船だが……何と、風やかい以外にも動力がある! それは――」

「蒸気であるか」

「――じょ、おい! そりゃねぇぜ!」

 バッと腕を広げつつ船の動力について嬉々として説明しようとした矢先、既に見抜いていたローアがそれを遮ってしまい、今まさに言おうとしていたオルコは船を差していた手をローアに向けて叫んでしまう。


「あぁすまぬな。 しかし、何故蒸気を?」

「いや実はな? この前ウルが言ってたんだよ、あたしだけどうにもミコの役に立ててねぇって」


 一方、大して悪びれた様子も無いままに頭を下げたローアが、必要無いのでは? と暗に尋ねると、

「……オルコにまで相談してたのか」

「う、うるせぇな。 いいだろ別に」

 一対一サシでの酒の席でそんな話をした、と語るオルコの言葉を受けたレプターが若干引き気味にそう言った事で、当のウルは随分と気まずげに呟いていた。


 そんな彼女たちのやりとりを苦笑いで見ていたオルコが、続けるぜ? と口にしてから、

「でな? 普通の帆船だとハピの風とフィンの波の操作だけで済んじまう。 だったら、フィンの水にウルの炎を加える事で蒸気を発生させて、それをハピの風で操作する事でもう一つの動力にしようってなとこだ」

「……えっと……?」

 ゆっくり船の周囲を歩きつつ、中央の円柱……もとい煙突や、船の側面に取り付けられた大きな外輪を指し示して説明したものの、僅か八歳の少女である望子にはどうやら理解しきれていなかったらしく――。

 

「つまりですね、この船を動かす為にウルの力も必要になってくるという事ですよ」

「! そうなんだ! おおかみさん、がんばってね!」

「お、おぉ! 任せとけって!」


 そんな望子にレプターが目線を合わせて出来る限り分かりやすく現状を説明すると、望子はキラキラと瞳を輝かせてウルに声をかけた事により、ウルは自分にも役割が出来た事、そして他でも無い望子にそう言ってもらえた事で、嬉しそうに望子の頭を撫でていた。

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