第156話 勇者と聖女の対話

 目の前の金髪の女性が聖女であると思い出した望子は、色々と彼女に聞きたい事もあったが、まずは自分が抱えている二つのぬいぐるみにしっかりお説教しなきゃと考えて、海豚のぬいぐるみを亜人族デミに変え、龍のぬいぐるみを亜人族デミに戻してから――。


 かたや望子を溺愛し、かたや望子を敬愛している二人は、冷ややかに怒る望子からの説教を受けて、

「「すみませんでした……」」

 フィンは尾鰭を折り畳んで地面に座り込み、レプターはその場に片膝をついた状態で平謝りしていた。


「わたしおちついてっていったよね? せっかくひさしぶりにあえたのに、なんでけんかしちゃうの?」


 一方、決して声を荒げる事無く淡々とそう告げる望子に、レプターは伏せていた顔を上げて、

「返す言葉も御座いません……全ては私が持ち込んだ騒動の種が原因ですので、フィンに責は……」

 望子たちの仲を裂きたくは無いレプターは、自分が悪いのです、と全面的にフィンを庇う。


 ひるがえってフィンは、これを好機と見たのか同じく伏せていた顔をバッとレプターに向けてから、

「そっ、そうだよ! みこを異世界ここに喚び出した張本人を連れて来るなんて、一体何を考え――」

 ビシッと彼女を指差してなすりつけようとした時、望子がいきなり表情をキッと鋭くして、

「いるかさんはしずかにしてて!」

「ぅえっ!? ご、ごめん……」

 ひとのせいにしないで、と言わんばかりによく通る声でそう口にすると、フィンは思わずビクッと身体を震わせて、再び俯きしゅんとしてしまっていた。


 そんな折、そちらの話にも興味はあれど望子が討伐した魔獣、電毛突猪ボルボアの処理、もとい解体もしなければと考えていたローアは望子の説教が始まる少し前から、『解ぼ……あぁいや、解体は得意なのである』と告げて、離れた位置で作業に勤しんでいたのだが、

(……懲りぬなぁ)

 望子に叱られ肩を落とすフィンを遠目で見つつ、港町に来たばかりの時に散々怒られたのをもう忘れているのであろうか、と呆れながらも、望子もちぬしとはあまりに正反対の学習能力の無さに苦笑を浮かべる。


『きゅー?』


 一方、これから大事な話をするから、とカナタの肩からローアの肩へ半ば強制的に移動させられたキューが、どうしたの? とでも言いたげに首をかしげ、

「いやいや、何でも無いのである。 さぁ続けようか」

 それを受けたローアは首を振りつつそう言って、解剖用の短刀で電毛突猪ボルボアの皮や肉を裂き、肩の上の樹人トレントにあまり揺れが伝わらない様に作業を再開した。


 フィンがすっかりメソメソとしてしまい、そんな彼女を隣に座るレプターが慰めている中で、

「……ねぇ、かなさん。 ひとつきいていい?」

「かな……え? あ、えぇ……大丈夫よ」

 突然望子が、自分の名前の上二文字を取って呼んできた事に困惑しつつも、カナタは何とか返事をする。


 そんなカナタの返事を受けて、望子はこくんと頷き一度深呼吸をしてから、

「とかげさんは、わかるの。 いつかなかまになるってやくそくしてくれたから……でも、おねえさんはどうしてわたしたちをおいかけてきたの?」

 レプターにチラッと視線を向け、その後すぐにカナタへ視線をスライドさせながらそう問いかけた。


 その時、カナタはまだ本調子では無いだろうと判断したレプターが、フィンの背中をさすりつつ、

「ミコ様、それについては私が――」

 未だ片膝をついたままの状態で、真剣な表情と声音で彼女に代わり説明しようとしたのだが、

「……大丈夫よ、レプター。 私が、言うから……うぅん、私が言わなきゃいけないの」

 レプターの言葉を遮りカナタが覚悟を決めてそう言うと、レプターは何かを口にしようとしたものの、これ以上は無粋かと考え、その口を閉じる。


 しばらく静寂が辺りを包んでいたが、次の瞬間カナタが意を決して息を吸い形の良い唇を動かして、

「……私はあの時、勇者召喚サモンブレイヴを行使して貴女たちを喚び出してからずっと……ずっと後悔していたわ」

 今は首都となったサニルニアの城内で起こった全てを悔いていたカナタは、フィンが近くにいるからか震える手をもう片方の手で押さえつつ、されど望子の黒い瞳から決して目を離さぬままに語り始めた。


「私のせいで貴女は……親元を引き離されて、危険な世界に連れてこられて……何より、魔王討伐なんて無謀な役目を背負わせてしまった……」


 望子の目から見ても分かる、心底暗い表情で語るカナタの言葉に望子が反応しようとしたその時、

「……その言い方、やっぱりあれって嘘だったんだ」

 カナタが口にした『魔王討伐』、『無謀な役目』、そして『背負わせた』というワードに引っかかり、あの時宝物庫で聴いた彼女のちぐはぐな心音は、正直に彼女の嘘を物語っていたのだと実感してそう呟く。


 その一方で、突然かけられたフィンの声に、そしてその内容にビクッと身体を震わせたカナタは、

「……ごめんなさい。 魔王を倒せば元の世界に帰れるっていうのは……単なる、その場しのぎだったの……だから、もし仮に魔王を倒せても貴女たちが帰れるかどうかは私には、分からないのよ……」

 フィンの言葉を肯定すべく頷きつつ、どうしても死にたくなかったのとそう告げた。


 ――次の、瞬間。


「じゃ、じゃあわたし、かえれないの? もう、おかあさんにあえないの……? やだ、やだよぉ……」


 魔王討伐という勇者じぶんの役目こそが、元の世界へ帰る事が出来るかもしれない唯一の方法だと信じていた望子は、その場にぺたんと座り込み、屋台の前で泣いてしまった時と同じ様にポロポロと涙を流してしまう。


 そんな中、望子の涙を見たのは二度目だったが、前回は目に涙を浮かべる程度だった為か、

「み、ミコ様、大丈夫です、大丈夫ですから……!」

 吸い込まれそうな程に黒い瞳からとめどなく溢れる涙に動揺したレプターは、バッと立ち上がって望子に寄り添い、その小さな身体を抱きしめて何とか哀しい涙を止めようと背中をさすって慰め続けていた。


 ……本来であればその役目は、三人の亜人ぬいぐるみの中でも飛び抜けた望子至上主義のフィンが担った筈である。


 だが今のフィンは、望子を慰めるよりも目の前の聖女を始末し、元を絶った方が早いと考えており、

「……二度もみこを泣かせるなんて……やっぱり駄目だよ、キミを生かしておく事に利点メリットを感じない」

 あの時、宝物庫でカナタの命を奪おうと行使した球状の渦潮……『惨渦さんか』と名付けたその魔術を掌に展開し、あの時と同じ様に眼前まで近づける。


 ……無論、その威力と秘められた破壊の意志は、あの時とは比べるまでも無いが。


「ひぁ、ち、違うの! 最後まで話を――」


 それを見てしまったカナタは、いよいよ心的外傷トラウマがにわかに蘇り、情けない声を漏らしながらも何とか意識だけは保ったままそう口にしようとしたが――。


 ――トントン。


 ――バグンッ!


「ひゃっ!?」


 靴で土を踏み鳴らす様な音が聞こえたかと思うと、突然カナタとフィンの間から土と岩で造られた蛇が出現し、その口を開けて渦潮を飲み込んで地面に潜り、おそらく地中で渦潮が効力を発揮したのだろう、ズズゥン……という地鳴りが震動と共にやってくる。


「あぁ! 何すんのさローア! 邪魔しないでよ!」


 それがローアの仕業だと瞬時に見抜いたフィンが、こちらへ歩いてきているローアへ不満げに叫び放ち、

「――魔王様を倒せば、であるか。 我輩を前にして随分とまぁ不遜な例え話を展開している様であるな」

 一方、解体を終えて血の付着した短刀を拭いつつ、あくまでも自分の上司への恩は忘れていないとばかりにカナタを睨みつけていた。


 当のカナタはといえば、あまりの事態に最早声も出ないといった様であったが、それと同時に――。


(……魔王、?)


 ――彼女はローアの言葉の一部から、とある事実に辿り着かんとしていた。

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