第147話 人狼と人魚は気づく

「さぁ、お手並拝見……魔導大砲マジックカノン、発射用意!」


 海賊たちの叫び声が響く中、ポルネが腕を掲げて指示を出すと、おぉ! だの、うっす! だのそれぞれ返事をしながら船員クルーが持ち場に着き始める。


 船内がどういった構造になっているのか彼女たちには分からなかったが、ポルネの指示から大した時間も経たずに、二隻の海賊船の側面……砲座だろう小さな扉がひらき、いくつもの水浸しの大砲が姿を現した。


「大砲か……? あんなずぶ濡れで撃てんのかよ」


 その一部始終を見ていたウルは、ふと頭に浮かんだ疑問を誰に聞かせるでも無くボソッと呟いたのだが、

「マジックって言ってたし、魔術でも撃ち出すんじゃないの? とりあえず……泡沫うたかた!」

 そんな彼女の小声もフィンの耳には届いており、魔術だから撃てるってのもよく分かんないけどねと付け加えてから、得意の泡の魔術で二重に船を包む。


 一方、腕を組んだままの姿勢で、既に勝利を確信していたのか嘲る様な笑みを浮かべていたカリマは、

「何だァ? ありゃ泡か? そんなもんで防げると思ってんじゃねェぞ! おら野郎ども、ぶちかませェ!!」

 突然目の前の帆船が巨大な泡に包まれた事に一瞬表情を崩したものの、その泡が見るからに薄い……海中で自然に発生する泡と大差ないと判断してしまい、腕を勢いよく前に掲げた瞬間、左右から水属性の魔力が込もった無数の青い砲弾が放たれた。


 当然フィンはその砲撃を防ぐ為に、突破されそうなら何度でも張り直すと意気込んでいたのだが、

「おっとっと……んん?」

 いざ泡沫うたかたにてその砲撃を受けた時、彼女は強い違和感とともに首をこてんとかしげてしまう。


 ……衝撃はともかくとしても、突破されるどころか一枚目の泡すら割られていなかったからだ。


「あァ……? はッ、ちったァやるみてェだな。 おいポルネ! 大砲は効きが悪ィらしいぞ!」


 そんな折、魔術の砲弾は効果が薄い事に気づいたカリマが、もう一人の船長たるポルネにそう叫ぶと、

「みたいね……まぁそれなら物理で制圧するまで! やりなさい、貴方たち! 目に物見せてやるのよ!」

 彼女はその声に多少の口惜しさを滲ませつつも頷いて、接近戦を仕掛けさせる為、砲撃はそのままに船員クルーたちへ新たな指示を飛ばし、彼らはそれに応じて各々の武器を手に船へ乗り込まんとする。


「乗り込んで来るか……っておいフィン、どうした? 何をさっきから首かしげて……」


 一方、ウルはいつ泡沫うたかたが破られてもいい様に爪も炎も準備していたのだが、ふとフィンの方を見遣ると彼女は小さく唸りつつ首をかしげており、

「……もしかして」

 そんな彼女にウルが声をかけると、フィンは何かを察した様子で小さくそう呟き、青い瞳を光らせた。


 そんな二人などお構い無しに、海賊たちは船に乗り込む為に索発射銃さくはっしゃじゅう鉤縄かぎなわを放ったが、魔術の砲弾が通らない泡沫うたかたに鉤爪が通る筈も無くポヨンとはじかれる。


 かたや直接乗り込もうとしたり、海中から船を破壊しようとしていた船員クルーたちも同じく、勇んで飛び込んだはいいものの全く歯が立たない様だった。


「……貴方たち、何をやっているの!?」


 その一方で、先程から全く首尾よくいかない事に苛ついていたポルネが、いよいよ冷静さを感じられない表情と声音で船員クルーたちを叱りつけ、

「おいおい! 最近大した事ねェ奴らばっかだったからたるんでんじゃねェのかァ!? 根性見せやがれ!!」

 またカリマも同じ様に叫び放ち煽った事で、二人を慕う船員クルーたちは更に攻撃、及び砲撃を苛烈にする。


 ……だが、それでも泡沫うたかたは破れない。


「何だ? あんだけ人数いて一人も泡沫これ割れねぇのか……いや待て、そういやこいつらあんまり……っ」


 そんな折、砲弾の衝突により船が揺れたりはしたものの泡沫うたかたが一向に破れる様子の無い事に違和感を覚えたウルだったが、ふいに一つの可能性に思い当たって自慢の鼻を鳴らしてすぐに、彼女は自らの直感が正しかったのだろう事を理解した。


 そして、先程からずっと自分の行使した泡沫うたかたを見ていたフィンは、破られるどころか傷一つ付かず、ダメージのフィードバックすら無い事に、

「やっぱりそうだ、この海賊たち――」

 彼女は奇しくもウルと同じ一つの結論に辿り着き、ふとウルの方へ振り返り、頷き合って――。



「――ボクたちより弱い」

「――あたしらより弱い」



 砲撃音と海賊たちの粗暴な声が響く中、二人は顔を見合わせて、声を揃えてそう告げる。


「……強いて言やぁ、あの船長二人がまだマシってところか? 何つーか……拍子抜けだな」


 ウルは落胆する様に深く溜息をつき、赤く輝かせていた爪を元に戻しつつそう呟いていた。


 ――たった一つだけ思い違いがあるとすれば……決して海賊たちが弱い訳では無い、という事。


 現に海賊たちは、銅等級ブロンズクラスまでの現役冒険者……そして引退して随分経っていたとはいえ、元銀等級シルバークラスのギルドマスターを一方的に虐殺出来る程の力はある。


 だが、魔族との戦で多くの猛者たちが命を落としたこの世界の今の時代において、限界突破オーバードーズ済みの彼女たちは最早世界有数の戦力と言っても過言では無い。


 今回は諸事情により苦しみ悶えているハピも、悪い偶然さえ無ければ単独で海賊たちを制圧可能だろう。


 そんな亜人ぬいぐるみが、二人。


 ――勝機など、初めから無かったのだった。


 最も、これまで彼女たちが戦ってきた相手……魔王軍幹部や特級危険生物ブロヴ、邪神といった強者たちと比べてしまうのは酷というものではあるのだが――。


「フィン、もういいだろ。 さっさと終わらせようぜ」

「りょーかい。 ウルはそっちね」


 二人の亜人ぬいぐるみは、それぞれその手に炎と水を出現させて、海賊たちを殲滅せんと魔力を込める。


 一刻も早く終わらせて、今ここにはいない黒髪の少女に褒めてもらう為に――。

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