第134話 港町の冒険者ギルド

 ドルーカの町にて受け取っていた多額の依頼クエスト報酬からお代を支払い、また食べに来る事を約束して屋台の店主と別れた望子たち一行は、

「ふむ、店主が示していたのはこの場所であるな」

 彼が教えてくれた方角へ歩を進め、港町ショストの冒険者ギルドを訪れていた。


 ――が、彼女たちの視界に映ったのは、その大きさはともかくとしても、ギルドというより廃屋はいおく荒屋あばらやという表現の方が余程相応しい建物であり、

「これがこの町のギルドか? 何つーか……あー」

 何と表現すればいいのか、と言い淀んで唸りつつ、所々に穴の空いた建物を見上げていたウルを尻目に、

「ボロいね」

「「……」」

 フィンが一切の躊躇無くバッサリ言い放った瞬間、両隣のウルとハピがバシッと彼女の頭を叩く。


「いったぁ! 何で叩くのぉ!?」


 突然暴力を振るわれた事で涙目になっていたフィンは、当然の権利とばかりに二人へ疑問をぶつけた。


「……そういう迂闊な発言が問題の引き金になるんだよ、いい加減理解しやがれこの馬鹿」

「本当よ全く……貴女一人なら好きにすればいいけれど、望子がいるんだからね。 少しは考えなさいな」


 そんな彼女を冷ややかな視線で睨みつけたウルとハピが、正論を持ってして諫めていたのに対し、

「くうぅ……みこぉ、二人がいじめるぅ……」

 一方のフィンはといえば、まるで自分が被害者であるかの様な物言いをしつつ望子に抱きついていたが、

「……いるかさん、いまのはいるかさんがわるいとおもうな。 そういうの、いっちゃだめだよ」

 望子は静かな……されど確かな声音でそう言ってフィンをゆっくり引き剥がし、真剣な表情で見つめる。


「そ、そんな……! みこまで……!」


 かたやフィンは、信じていた仲間に裏切られて後ろから撃たれた兵隊の如く絶望的な表情を湛えており、

「ほら、いいから行くぞ。 入口でもたついてたら邪魔になんだろうがよ」

 かたやウルは彼女の細い首根っこを掴んでそう言ったが、当の入口付近には彼女たち以外に誰もおらず、

「うぅぅ、引っ張らないでぇぇぇぇ……」

 宙へ浮かんだままふわふわと引きずられるフィンの悲痛な声だけが、明らかに建て付けの悪いギルドの扉の奥へと吸い込まれていくのだった。


「……それじゃ、私たちも入りましょうか」


 そんな二人を見送ったハピが目線を下げて、望子とローアを見遣ってそう促すと、

「うん、いこうろーちゃん……ろーちゃん?」

 望子もこくんと頷いて隣に立つ白衣の少女に声をかけたが、反応が無い事に首をかしげて声を上げる。

「む? あぁいや、さっきから随分と強い魔力を感じていてな……この中から、だと思うのであるが」

 一瞬の空白の後、ハッと我に返ったローアは先程までと同じくギルドを注視しながらもそう言って、扉の奥から漂ってくる魔力を警戒していた。


「……魔族とか、邪神って事は無いわよね」


 そんな彼女の言葉で一気に不安が募ったハピが、望子の歩みを手で制してから声をかけると、

「流石に同胞が近くにいれば、仮に人化ヒューマナイズを行使していたとしても感知出来るのである……が」

 あぁ、と小さく声を出したローアは、やたらと得意げに語りだしたかと思えば、言いづらい事でもあるのか軽く俯いてからうーむと可愛らしく唸る。


「……後者の可能性は否定出来ぬのであるな。 我輩、土以外では水を司る邪神との邂逅は果たしていても、もう一人の……火を司る邪神は未だ面識が無い」


 しばらく思案した後、苦々しい表情を湛えつつサラリとそんな事を口にしたローアの言葉を聞いて、

「火の、って……じゃあ、まさかこの中に?」

「わっ、とりさん?」

 声を潜め、眉をしかめてそう呟いたハピは、望子を守る様に直立したまま後ろから翼で抱きしめた。


「……とはいえここは港町。 相性の悪い海の神……テテュスの力が及ぶ範囲内に火の邪神がいるとも思いがたい……杞憂であるよ、ハピ嬢」


 しかしローアはそれを受けつつもゆっくり首を横に振り、ハピにとっては初耳となる神の名を挙げて、必要以上に心配をさせぬ様にとそう告げる。


「……そう、なの? それなら、良いのだけれど……じゃあ一体何を貴女は――」


 感じとったの? とハピがローアを問いただそうとした時、彼女の翼をぽんぽんと優しく叩いた望子が、

「ねぇふたりとも、とりあえずはいろうよ」

 上目遣いでハピを、そしてほぼ同じ高さの目線でローアを交互に見て、控えめにそう言った。


 そんな望子にきゅんとしてしまっていたハピ……そしてローアまでもが一瞬ボーッとしていたが、

「あ、あぁ、そうであるな」

「そ、そうね。 つい話しこんじゃったわ。 これじゃあフィンを強く言えないわね、反省反省……」

 我に返った二人は、首を横に振ってからそう口にして、望子を連れ立ち漸くギルドへ入ったのだった。


 見てくれの通り建て付けが悪かったその扉を、ギギッと鳴らして中へと入った望子たちの視界には、

「うーん……すくない、のかな。 それになんだか、げんきがないような……?」

 外観と同じく決して綺麗とは言えない机を囲む、活気の無い冒険者たちがまばらに映っており、

「町の規模と状況を鑑みれば相応だと思うのである。覇気が無い、というのは相違ないが」

 ローアはきょろきょろとギルド内を見回しつつ、ふぅむと唸って昼間から酒を呷る冒険者たちに、然程興味も無さそうに冷ややかな視線を送っていた。


「確かに……あら? ウルとフィンは?」

「……あ、あそこにいるよ。 うけつけのところ」


 一方、ハピが先にギルドへ入った筈の二人の姿が見えない事を不思議に思っていると、望子がふいっと指差す方向で何やら騒がしくしている二人が見えて、

「あぁ本当だわ。 何を話して――」

 望子に言われてそちらを見遣り、二人を発見したハピがそう言って近寄ろうとしたその時――。


「――えぇ!? ボクたちじゃ受けらんないの!?」

「は、はい……規則でして……申し訳ありません!」


 フィンは何やら受付の……カウンターに身を乗り出して、納得いかない! と叫んでおり、そんな彼女を相手にしている受付嬢があわわと震えて頭を下げる中、

「いやそこまで謝んなくてもいいけどよ……」

 ここまで露骨に怖がられるとそれはそれで、とウルは気まずげに頭をガリガリと掻いていた。


「どうしたの? そんな大声上げて」


 そんな二人の様子を遠目に見ていたハピが、背後からそう声をかけたのだが、

「……またなにかやったの? いるかさん」

 望子はといえば、また問題を起こしたのかとフィンにジトっとした視線を送ってそう呟いていたのだが、

「ち、違うよ! この人が……ボクたちじゃ海賊あれの討伐依頼クエスト、受けられないって言うから!」

 その一方でフィンは、ブンブンと首と手を振って望子の言葉を否定した後、受付に立っていたいかにも気弱そうな、眼鏡をかけた女性を指差して叫び放つ。


「え……そう、なの?」


 これでも海賊たちをどうにかするつもりでここに来ていた望子は、少ししゅんとして受付嬢を見遣ると、

「すみません! すみません!」

 その受付嬢は子供である望子相手にも低姿勢を貫いて、全力でペコペコと頭を下げて謝罪し、

「い、いや、そんなにあやまらなくてもいいから」

 それを見た望子は先程のウルと同じ様に困惑した表情を浮かべて、あたふたしながらも優しく告げた。


 ――その時。


「珍しく騒がしいと思って出てきてみれば……人族ヒューマンの子供二人に亜人族デミ三人、妙な組み合わせだねぇ」


「っ!」


 突如何処からかかけられたその声の主が纏う、強く妖しい魔力の流れを感じとったのか、ローアは触媒が入っているのだろう白衣の懐に手を差し込みつつ、望子を庇う様にして一歩前へ立ち――。


「わっ、ろーちゃん? どうし……え?」

「ん?」

「あら」

「何あれ」


 そんな彼女の突然の行動に驚いた望子が声を上げると同時に一行の目に、お世辞にも綺麗とは言えない、所々に穴の空いた赤、青、緑、黄色の四枚の羽でパタパタと羽ばたく小さな何かが映る。


「あ、おっ、お疲れ様です、ギルドマスター!」

「「「ギルドマスター……?」」」


 瞬間、カウンターの向こうの受付嬢がバッと頭を下げてそんな風に挨拶し、それを聞いた亜人ぬいぐるみたち三人は信じられないといった表情で、少女と呼ぶには小さすぎるその存在を見遣って呟き、

「そ。 あたしがここのギルドマスター、妖人フェアリーのファタリア=ニーフだよ。 ま、一つ宜しくね」

 その反応を面白そうに見ていた、魔女の様な真っ黒のとんがり帽子とローブを身につけた妖人フェアリーは、緑色の長髪を揺らしながらひらひらと小さな手を振り、前傾姿勢で飛びつつ気怠げにそう言った。

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