第121話 取引と葛藤と

 雑木林に潜んでいた斥候スカウトたち……青毛でそこそこ体格の良い犬人コボルト、立派な二本の角を有した細身で黒毛の牛人ミノタウロス、そして保護色が解除された茶色の鱗が特徴的な守蜥蜴人ゲッコー、三体の亜人族デミを制圧したレプターたち。


 レプターが叩き伏せた犬人コボルトとアドライトが麻痺させた牛人ミノタウロスも、キューに頼んで腕の根っこで拘束してもらった後、身軽なアドライトが馬車で待つカナタとピアンを呼びに行ったのだが――。


「キュー! 勝手に離れちゃ駄目でしょう! 無事だったから良かったけど、本当に心配したんだから!」

『きゅ、きゅうぅぅ……』


 馬車で待機中、キューがいなくなった事に随分と慌ててしまっていたカナタは、レプターと合流した途端に地面に座り込むキューへ、しゃがみ込んで叱りつけると、キューはしゅんとして小さく悲しそうに鳴き、

「まぁまぁその辺で……それに、この子のお陰で助かった部分もあるんだ。 許してあげてほしいな」

 それを見ていたアドライトが、苦笑しながらも仲裁する為に優しい声音でそう口にすると、

「む、むぅ……そう、なんでしょうけど……」

 ここはしっかり言っておかないと、と考えていたカナタの目にも根っこで拘束された亜人族デミの姿は見えており、うーんと唸って腕組みをし、思案し始める。


 しばらく思い悩んでいたカナタだったが、何かを決意したかの様にゆるりと腕組みを解き、

「……分かったわ。 キュー、怒ってごめんね?」

 はぁ、と決して軽くは無い息をついてから、地面にちょこんと座るキューに向けて両手を伸ばして、

『きゅ……? きゅ〜!』

 優しく抱えられた事で、もう怒ってないのだと分かったキューは、満面の笑みを浮かべてカナタの顔に抱きつき、わぷっと声を上げたカナタを見たアドライトは、一件落着だねとばかりにふふっと微笑んだ。


「……さて、もういいか? そろそろこちらを片付けておきたいんだが」


 一方、それまで空気を読んで盗賊たちを威圧するだけに留めていたレプターが真剣な表情でカナタたちを見遣ると、彼女たちはどうぞどうぞと先を促した。


「て、てめぇ、ら……俺らをどうするつもりだ!?」


 いよいよ自分に話を振られたと焦る犬人コボルトが、言葉に詰まりながらも声を荒げてそう叫ぶ。


 うつ伏せで転がされた彼の傍らには、アドライトの放った麻痺性の雷の矢により全身が痙攣し意識を碌に保つ事すら出来ていない牛人ミノタウロスと、キューの根っこによる叩きつけと絞め落としにより完全に昏倒している守蜥蜴人ゲッコーが拘束され同じ様に転がされていた。


「どう、と言われましても。 殺す以外にあります?」


 レプターの横で、彼女よりも更に冷め切った視線を送るピアンが似つかわしくない事を言い放ち、

「なっ……! この餓鬼……!」

 自分の置かれている状況を理解しつつも、明らかに年下の少女にそんな事を言われて黙ってはおれず、

「ほら、反省の色なんて見えませんし。 生かしておいて良い事なんて何一つ無いですよ?」

 悔しげにそう呟いた犬人コボルトを侮蔑を込めた視線で見下ろした後、ピアンはレプターに顔を向けて、どうするんですか? と他人事の様に問いかけた。


 彼女の言葉を聞いたレプターは腕組みをして低く唸り、しばらく目を閉じたまま顔を上に向けていたが、

「んん……そうだな……いや待てよ? ……よし、名も無き盗賊よ。 一つ私たちと取引をしようじゃないか」

 何か妙案でも思いついたのか、まるで悪徳商人かと言わんばかりの邪悪な笑みを湛えてそう告げる。


「……俺の名前はアングだ」


 一方、取引という言葉よりも先に、名も無きの部分に引っかかった犬人コボルトは自分の名を口にしたものの、

「そうか。 ではアング、 貴様らの属する死毒旋風シムーンの情報……知っている限りの事を全て話せ。 アジトの正確な位置、大まかな団員の数とその構成……そして貴様らが初代と呼ぶ男の詳細もだ」

 レプターにとって彼の名前など死ぬ程どうでもいい情報であり、雑に返事をした後本当に必要な情報だけを選別して命令口調でそう言った。


「ま、待て! そんな事すりゃ俺らあの人に殺され」


 するとアングはクワッと目を見開き、まるで犬の様に……いや、犬らしくワンワンと吠えて、そんな要求は受け入れられないと主張しようとしたが、

「最後まで聞け」

「……っ」

 ほんの一瞬だけ龍如威圧ドラガスリートを放ってそう呟くと、気圧された彼は思わず口を閉じてしまう。


「いいか? 先程の情報を渡さない……と言うのであれば、この場で即刻貴様らを処分する。 渡すのならば、生かしておいてやろう。 その場合は、アジトまで直接案内してもらう事になる……そうなれば、貴様らは結局初代とやらに殺されてしまうのだろうが」


 おそらくは脅し目的で腰の細剣レイピアをゆっくりと抜き放ち、一見理不尽としか思えない二択をぶつけてきた目の前のレプターに対して、

「ふ、ふざけんな! そんなの選べね、ぃぎぃっ!?」

 当然の権利だとばかりに苦言を呈そうとしたアングだったが、突然悲痛な声を上げて苦しみだした。


 ――無理もないだろう、うつ伏せで倒れる彼の右膝の裏側に、一本の細剣レイピアが突き立っているのだから。


「ふざけているのはどちらの方だ? 本来なら話などせず殺している所を、貴様らの様な存在悪に選択肢を用意してやっているだけありがたいと思え」


 先程までの邪悪な笑みが可愛く思える程の、感情が抜け落ちた表情で彼を見下ろし、膝の骨まで貫いている細剣レイピアをグリグリと動かすレプターに、

「ぎっ、い"……て、めぇ……!」

 龍の爪で叩きつけられた時より遥かに強い痛みに喘ぎながらも、未だ心は折れていないらしくアングは潰れた声で悪態をついていた。


(あ、アドライトさん、ちょっといいですか?)


 そんな中、黙ってレプターの尋問を見ていたカナタが、何か気になる事があったのか隣に立つアドライトに控えめに話しかけると、

(アドで良いよ。 それと敬語も結構だ)

 何かな? と聞き返す前に、カナタが自分にだけ敬語なのが引っかかっていた彼女はそう告げて微笑む。


(そ、そう? それじゃあ……アドさん。 どうしてレプターはあんな取引をしているのかしら。 さっき挙げた情報って、ギルドからの報告書で……)


 一瞬対応に困り首をかしげたカナタだったが、気を取り直して何故レプターが既知の情報を得ようとするのか、と先達の冒険者に尋ねてみた。


(そうだね……おそらく、本題はそこに無い。 彼が情報を漏洩するかどうかが肝なんだよ。 ここで話してしまうなら盗賊団かれらの結束力は大したものでは無いと判断出来るし、話さないならそれはそれで戦力を多少なり削れる訳だから、こちらには利しか無い)


 彼女の疑問に、ふむ、と顎に手を当て思案していたアドライトだったがそれも一瞬の事で、つらつらと己の推測を語る彼女の言葉を受けたカナタは、

(成る、程……色々考えてるのね)

 充分に納得出来る理由だった為か、うんうんと満足げに頷き、ちょっと意外だわと言わんばかりの視線をレプターに向けていた。


「さぁ、どうする? お仲間が寝ている以上、決めるのは貴様だ。 私はどちらでも構わないが」


 これが最後通告だとばかりに突き立てた細剣レイピアを握る手の力を強め、低い声で告げるレプターの言葉に、

「……っ!」

 恐怖からか、それとも苦痛からか、アングは言葉を失い身体をビクッと反応させる。


(くそ、くそぉ……っ! どうすりゃいいんだ!? 最優先すべきは俺自身が死なねぇ事だ、その為には……)


 脳内で次から次へと必死に助かる為の案を考えてはいたが何も浮かばず、情報を渡せば良い、ともう一人の自分が声をかけてくる様な錯覚にまで陥り――。


(……いや駄目だ! そうすりゃ俺らは揃って初代に殺される! そりゃあこいつらも死ぬだろうが……ん?)


 転がったままブンブンと首を振り否定したものの、彼は偶然にもその考えから一つの案に辿り着く。


(待てよ、もし……もしこいつらが初代に勝ったとしたらどうだ? そりゃあ結局捕まっちまうんだろうが、それでも生き残る事ぁ出来る……これしか、ないか?)


 そう、もしもこの冒険者たちが初代に勝利し、盗賊団を壊滅させたのなら……取引を交わした自分は生き残れるのでは? と、そんな甘い考えに。


「……分かった。 情報は渡す、案内もする。 それでいいんだろ? ぐっ、さっさと細剣それ抜けよ……!」


 結局彼は、自分の保身を第一に考え、レプターの提示した条件を全て飲む事に決めたのだった。


「……まぁいいだろう」


 この時点で、結束力など毛程も無い事、付け入る隙はいくらでもあろう事を理解したレプターは、ふぅと重い息を吐きつつ突き刺していた細剣レイピアを抜き、

「っ! ってぇなくそ……っ」

 一切の遠慮も無く抜かれた事で突き刺された時よりも強い痛みに襲われたアングは、小さく悪態をつきながらせめてもの抵抗とばかりに彼女を睨みつけた。


「さて、話を聞く前に一つ言っておくが……」


 その後、そう切り出したレプターがきびすを返したかと思うとスタスタとカナタの方へ歩いていき、

「ひゃ、レプター? 何を……」

 その腕で肩を寄せられた事に驚いたカナタは、思わずそんな声を上げたが、彼女はそれを意に介さず、

「こちらには嘘を見破る事の出来る神官がいる。 貴様が虚偽の発言をしたその時は……分かっているな?」

「……あぁ」

 何故かそんな突拍子も無い発言をしてカナタへ顔を向けると、どうやらアングには理解出来た様で忌々しげに声を上げつつ頷いて、

「え、えぇ……?」

 一方カナタは、突然の事態に目をグルグルさせるに留まっているのが精一杯だった。


(……そういう恩恵ギフトでも持ってるんでしょうか)


 そんな彼女たちのやりとりを見ていたピアンが、ふと気になって隣にいたアドライトに話を振り、

(聖女ならありそうだけれど……今回はハッタリじゃないかな。 報告書の情報と照らし合わせる意味でもね)

 さぁ、と首をかしげながらも、先程カナタとした様な憶測ありきの会話をしていた。


「では早速、まずは団員の数と構成を――」


 一方、レプターがそう言って横たわるアングに問いかけつつ、アドライトの推測通り、話の流れを理解したカナタがこっそり報告書に目を通していたのだが、

(それにしても……はは、どっちが頭目リーダーなんだか……)

 臨時とはいえ頭目リーダーであり銀等級シルバークラスでもある自分がやらなければならなかった事なのでは? と思ったアドライトは、人知れず自嘲の笑みを浮かべていた。

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