第四章

第77話 海に行くため山に行く

 ドルーカの街にて、触媒の作成、領主からの指名依頼、その為の修行、新たな一党パーティメンバーの加入……などなどをこなした望子と三人の亜人ぬいぐるみ


 依頼クエストの最中に出会った上級魔族のローガン……もといローアを引き連れ二十日間ほど滞在したドルーカを離れ、次の目的地である港町ショルトを目指す為、ドルーカの西に位置する山を登ろうとしていた。


「これを越えるのよね……リフィユざんだったかしら」


 目の前にそびえる山の名を口にして、魔物や魔獣もいるんでしょうね、と呟いた鳥人ハーピィのハピの言葉に、

「そこそこたけぇなぁ……この前の洞穴みてぇなでけぇ穴掘っちゃ駄目なのか」

 人狼ワーウルフのウルは右手の爪に赤い魔力をジワジワと集め、依頼クエストで訪れた奇々洞穴ストレンジケイヴを思い返しながら、彼女らしい脳筋めいた返しをした。


「貴女一人で行くならそれでもいいわよ? どう考えても落盤するでしょうし」


 するとハピはきょとんとした表情で、望子にそんな危険な事させられないわと突き放す様にそう言うと、

「……冗談だ」

 ウルは軽く舌打ちし、爪に集めた魔力をあっさりと分散させて拗ねた様にそっぽを向く。


 そんな二人の会話を聞いていた人魚マーメイドのフィンは、にこっと望子に笑いかけてから、

「海に行く為なら山登りくらいなんて事無いよ! みこ、疲れたら言ってね! 抱っこしてあげるから!」

 元気良くそう言いつつ、ちょこんと隣に立つ望子に向けて両手を伸ばしていつでもいいよと口にした。


(……お前は登らねぇだろ)


 それを聞いたウルは、ふわふわ宙に浮く彼女をジロッと睨みつつ頭の中で毒づいたが、

「う、うん、ありがとう。 でも、できるだけがんばるよ。 わたし、ゆうしゃだもん」

 話を振られた召喚勇者の望子が、小さくガッツポーズをしながらそう宣言すると、

「そっかそっか! 偉いねぇみこは!」

 フィンは思わず破顔して、望子をぎゅっと抱きしめ頭を優しく撫でる。


「自覚するという事は、成長において最も大切な要因ファクターの一つであると言えよう。 ミコ嬢が真に勇者として覚醒するのもそう遠くない未来であるかもしれぬなぁ」


 一方、召喚勇者みこの監視役と銘打ってついてきた上級魔族のローアが、魔術により人族ヒューマンと化した小さな身体で腕組みをしながら頷いてそう言うと、

「そ、そうかな? ぇへへ」

 ふぁくたーとやらは分からなかったが、褒められてはいると理解した望子は嬉しそうにはにかんでいた。


 ハピは一瞬、望子の愛らしい笑顔に目を奪われていたが、ハッと気を取り直して、

「ま、油断せずに行きましょ。 昔はある程度整備されてたそうだけど、ここ数十年は魔物や魔獣たちの活性化が影響で、人の手が加えられていないそうだし」

 ドルーカの冒険者ギルドマスター、バーナードから聞いた情報を口にして山を見遣る。


「ほー……ってそれ、お前らのせいなんじゃねぇのかよ魔族ローア


 ハピの説明を受けたウルが、目線を下に遣りローアを睨んでそう言うと、

「……当たらずとも遠からず、であるな」

 数秒の間、んー、と顎に手を当てていたローアは、ふわっとした遠回しな答えを返し、

「はぁ? 何だそりゃ」

 そんな彼女の言い方に全く要領を得ない様子のウルは、そう口にして首をかしげる。


 ローアはすぐにでもその疑問を解消してやろうと口を開いたのだが、一瞬の思案ののち首を横に振って、

「まぁ、それについては行きしな話そうではないか。 どのみち山中で野営をするのなら、ミコ嬢が翌日楽なように出来る限り進んでおいた方が良いであろう?」

 我輩たちはともかく、と付け加えて、フィンに抱きかかえられたままの望子を見遣ってそう提案する。


 見た目は少女でも中身は魔族な彼女の提案に、ハピは少しだけ黙考したが、

「……そう、ね。 そうしましょうか」

 最終的にはこくんと頷き、目の前の白衣の少女の提案を受ける事にしたのだった。


魔族おまえの提案ってのがちょっと引っかかるけどな……ま、いいや。 行くぜ、二人とも」


 その一方で、ウルはそんな憎まれ口を叩きつつ、少し離れた場所できゃいきゃいとはしゃぐ望子とフィンに声をかけ、右手で軽く手招きする。


「オッケー! 頑張ろうね、みこ!」


 ウルの声に反応したフィンが、真っ先に望子へ笑顔を向けてそう言うと、

「うん! ろーちゃん、て、つなご!」

 望子は元気良く返事をするやいなや、ローアの手を取りたたっと山へ向けて走り出し、

「あ、あぁ構わんが……積極的であるな」

 ローアは戸惑いつつも、満更でも無い様子で軽く微笑みながら、その小さな手を握り返して駆け出した。


 そんな少女たちのやりとりを目にしたウルは、隣に浮かぶフィンを見て、

(……こいつが何にも言わねぇのも珍しいな)

 普段望子に異常なまでの執着を見せる彼女が、ローアに何も文句を言わない事に引っかかっていたが、

(海に意識が持ってかれてるんでしょ)

 ハピが自分の推測をそう呟くと、成る程なと納得したウルは望子たちを追いかけた。


 ……本来ならそんな二人の呟きなど耳に届いて当然のはずの超人的な聴力を持つフィンは、まるで聞こえていないかの様にリフィユざんを一心に見つめ、

「あぁ楽しみだなぁ! 海!」

 透き通る様な目を輝かせながら、異世界の海に想いを馳せていた。


 ――勇者一行の、海へ行く為の山登りは、こうして幕を開けた。

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