第56話 領主からの指名依頼

「何でって? この青臭い領主様に呼ばれてね。 全く、あたしは先日の件には関与してないってのに」

「……子供扱いするんじゃない」

「子供だろうに。 たかだか二十かそこらなんだから」


 何故ここにと問うウルに対して肩を竦め溜息をつきながら、あろう事か領主であるクルトの頭をポンポンと軽く叩きつつそう答えていたのだが――。


(関わってないって事は無くない?)


 その一方で、フィンは先日の青く燃ゆる望子を思い返し、首をかしげて脳内でそう呟いていた。


「まぁまぁいいじゃないかリエナさん。 こうやって美味しい紅茶やお菓子も頂けているんだし、ね?」


 そんな中、アドライトは長い足を組みかえ、爽やかな笑みを浮かべてそう口にしていたものの、主人の屋敷で自由に振る舞う二人の姿を見ていたカシュアが、

「これだから亜人族デミは……」

 クルトの傍らに控えたまま、二人に聞こえない様に小さく小さく呟いたものの――。


「「聞こえてるよ」」

「っ!?」


 残念ながら、人族ヒューマンより遥かに感覚が優れている彼女たちにはその声が届いてしまっており、同時にかけられた声に彼女は表情を驚愕の色に染めてしまう。


「カシュア……いやそれより、よく来てくれたな。 さぁ、適当に座ってくれ」


 クルトは従者の様子を見て少し呆れつつも、言われた通りにソファーへ座った彼女たちへ視線を向けて、

「……さて、先日の件はアドライトから聞いたよ。 何処から流れてきたのかしらないが、随分粗暴な輩だったそうだね。 この街で起きた事であれば、大元を辿れば私の責任だ。 本当にすまなかった」

 彼自身には一切責任が無い事はウルたちも理解していたが、それでも机に頭を付けんばかりに謝罪した。


「それはいいけどよ……アドからそれを聞いたんなら、もうあたしらはいらねぇんじゃねぇのか?」


 一方、謝罪を受けたウルは気にしてないと手を振りつつ、用は終わったんじゃ? とクルトに尋ねると、

「いや、それは……」

「頼み事がある、って聞いてるわ」

 答えようとしたクルトの言葉を遮って、ハピはエイミーから聞いていたもう一つの用件を口にする。


「あぁ……その前に、お前たちは一旦外してくれ。 ここからは機密事項コンフィデンシャルだからな」


 そしてクルトがカーティスとカシュアに向けてそう告げると二人は一礼して執務室を後にしたが、カシュアは最後まで主人に名残惜しそうな、そして亜人族デミたちに敵意さえこもりかけない視線を向けていた。


「……で? その頼み事ってのは?」


 二人が退室してすぐにウルが身を乗り出して尋ねると、クルトは一度深く息を吐いてから、

「……君たちは、もうしばらくこのドルーカに滞在するのだとリエナから聞いたんだが……」

「ん? まぁな、つっても後一つずつ等級クラスを上げたら次の町にー、とは考えてるが」

 確認する様にそう聞いてきた為、ウルはリエナやピアンを含めて話し合って決めた事を簡潔に伝え、けどそれが何だ? と聞き返す。


「そうか……なら丁度良い。 頼み事とは……私から君たちへの、指名依頼クエストだ」


 それを受けたクルトは軽く深呼吸をした後、望子たち一人一人の目をしっかりと見てそう告げた。


「「「指名依頼クエスト?」」」

「むぐ?」


 無論、指名依頼クエストという言葉が初耳である三人が声を揃えて再度聞き返す一方、もぐもぐとお菓子を口に含んでいた望子は首をかしげるだけに留まっている。


「……って何?」

「文字通りさ。 ギルドに依頼クエストを貼り出して冒険者を募るのではなく、依頼人が直接冒険者を指名し、依頼クエストを受注してもらう制度の事だよ」


 疑問符を浮かべる望子たち一行を代表してフィンが尋ねると、今回の様にね、と先達の冒険者たるアドライトが簡単に説明し、そんな彼女の言葉を継ぐ様に、

「そういう事になる。 私が依頼するのは、ドルーカから南方の少し離れた位置にある、奇々洞穴ストレンジケイヴの探索、及び……危険因子を発見した場合の討伐だ」

 クルトは、おそらく依頼クエストについての詳細な情報が記されているのだろう、手元の書類をパラパラと見ながら依頼クエストの内容を望子たちに伝えた。


「……それを、私たちに?」

「あぁ、正確には……君たち四人とアドライトを含めた五人を指名するつもりでいる」


 それを受けたハピのおずおずとした問いに、クルトは望子たちからアドライトへ視線を移してそう答え、

「まぁ銀等級シルバークラスだもんな……そういや何でその何とかって場所を探索しなきゃいけねぇんだ?」

 彼女にも依頼クエストがいく事には特に疑問の無いウルだったが、探索の目的及び危険因子の正体を知らされていない事に気付いた彼女は、何気無く彼に尋ねる。


「それを説明する前に……君たちも、リエナから例の魔石の解析結果を聞いてほしい」


 しかしクルトは彼女の問いに答える前に首をゆっくり横に振りつつそう言って、リエナに先を促すと、

「魔石? ……あー、あのでっかい蚯蚓みみずのかぁ。 そういえばそんな事言ってたね」

 んー? と一瞬忘れかけていたフィンだったが、何とか思い出す事に成功し、手をポンと叩いていた。


「……調べた結果、あの魔石には魔族の痕跡が色濃く残っててねぇ……もっと言えば、あれらが何処で生まれた……いや、のかも分かったんだよ」


 一方、話を振られたリエナが青い火の灯る煙管キセルを片手に、まるで他人事の様に無表情でそう告げると、

(視ても分からなかった事を……どうやったのかしら)

 魔石や死骸をその眼で視た時ハピにはそんな情報は読み取れなかった為か、悔しがる事は無くとも気にはなっており、脳内で呟きつつ首をかしげてしまう。


「もしかして、それがさっき言ってた……」

「そう、奇々洞穴ストレンジケイヴだ。リエナからその報告を受けてすぐに私は兵を動かし、調査へ向かわせた……だが、それが間違いだったんだ」


 その後、フィンが改めて確認しようすると、リエナでは無くクルトがそう答えたのだが、彼は心の底から口惜しげに苦々しい表情を浮かべて机を叩き、

「……まさか、戻って来なかったのか?」

「……」

 そんな彼の様子と表情から察してしまったウルの問いに、クルトは無言を持って答えてみせる。


 ……最早、確認するまでも無かった。


「……兵士っていうくらいなんだから、そこそこ場慣れしてたのよね? そんな人たちが帰って来られない様な場所の探索とか討伐に、私たちはともかくこの子まで……望子まで駆り出そうとするのは何故?」

「……言っとくがな、あたしらの頭目リーダーだからとか……そんな理由じゃあたしは納得しねぇぞ」


 翻ってハピが怪訝な表情と共に、この子に危ない事はさせたくないのだけど? と問いかけるのを援護する様に、ウルは脅迫するが如く低い声で呟いた。


「……実を言うと、全員が全員戻って来なかった訳では無いんだ。 探索に向かわせた魔導白兵隊二十五名のうち、二人戻って来ている。 その二人というのが……成人して間も無い、一見何の力も無い少女にも思える女魔術師ソーサレスだった。 つまりは……」

「より幼い望子を連れて行く事に何か意味が、ってとこかしら? だからって、貴方ねぇ……」


 すると彼は生き残り戻って来た二人の情報が記された書類をハピに手渡しながら、ガタガタと身体を震わせていた少女たちの姿を脳裏に浮かべつつそう口にしたものの、言いたい事は分かるけれどとハピは全く持って納得のいっていない様子で苦言を呈そうとする。


 ……ちなみに、クルトの私兵である……いや、私兵だった魔導白兵隊とは、暴食蚯蚓ファジアワームによる地鳴りの正体を確認しようと彼が引き連れていた者たちと違い、乗馬はせず、魔術によって武器や身体を強化して近接戦闘を行う者たちの事であるらしく、生き残った二人はまだ未熟で付与エンチャント要員だったのだとクルトは語った。


 一方、図らずも眼光が鋭くなっていたハピの服の端をぎゅっとつまんだ望子が上目遣いで、

「と、とりさん。 だいじょうぶだよ。 わたしも、たたかえるから……いっしょに、いこう?」

 やはり若干の恐怖はあるのか少し震えながらも、望子は三人の亜人ぬいぐるみを視界に収めてそう提案する。


「……なぁミコ、相手は魔族かもしれねぇ。 蜂だの蜘蛛だの蚯蚓だのとは訳が違うんだぞ?」

「勿論何が来ても守ってあげるけど、またあんなのが出てきたら危ないじゃ済まないよ」


 当然それを了承する訳にはいかないウルとフィンの過保護コンビが、何とか望子を説得しようとしたが、

「……? 君たちは、魔族と遭遇した事があるのか?」

「え? あ、あーっと」

 その一方で、フィンの言葉に違和感を覚えたクルトがそう聞くと、彼女は露骨に動揺してしまう。


 それもその筈、彼はこの場で唯一望子たちの正体もその目的も……何も知らされていないのだから。


 えっと、んーと、と明らかに困っているフィンをフォローする様に、を把握しているリエナが、

「……はぁ、一党パーティを組んだ以上、頭目リーダーの意思は尊重してやるべきじゃないかい?」

 やれやれと溜息をつきながら、フィンと望子、二人に対するフォローを器用に同時に行う。


「きつねさん……!」


 そんな彼女に望子はキラキラとした視線を彼女に向けたが、当のリエナは何故か首を横に振って、

「おっと、違うだろうミコ。 教えた筈だよ、ちゃんとしたあたしの呼び名をね」

「「「……?」」」

 吸い込まれそうな望子の黒い瞳を見つめながらそう言い聞かせると、何の事?と亜人ぬいぐるみたち三人は揃って首をかしげていたのだが――。


「あっ、えっと……『おししょーさま』!」


 その言葉にハッとした望子が、こう呼ぶようにとリエナから告げられた呼び名を思い出し、ニパッと満面の笑みで彼女に向けてその名を呼ぶと、

「! うんうん! 流石はあたしの弟子二号! 火化フレアナイズも問題無く扱えたって話だし、連れて行っても――」

 あまりの愛らしさに破顔したリエナが着物をバサッとさせながら望子に抱きつき、艶のある綺麗な黒髪を梳く様に撫でつつ勝手に許可を出そうとする。


「……おい、おいおい待て待て! 弟子って何だ!?」

あずかり知らぬ所で随分仲良くなったみたいねぇ?」

「そうだよ! みこにさまとかつけさせてさぁ!」


 だが次の瞬間、亜人ぬいぐるみたちは掴みかからんばかりの勢いでリエナに詰め寄っていき、それでいてあくまでも優しく望子を取り返そうとする一方、

「アド様……いや、これは他のレディーたちから既に呼ばれているし、アドさんの方がまだ……」

 アドライトは極めて小さな声でブツブツと、あまりに馬鹿馬鹿しい事を真剣な表情で考え込んでいた。


「ごほん……話を戻そう。それで、私からの指名依頼クエストは受けてもらえるのだろうか? 達成出来れば相応の報酬も出すし、まず間違い無く昇級も可能な筈だ……あぁいや、貴女については分からないが」


 そんな彼女たちを宥める様に大袈裟に咳払いしたクルトは、最終確認だとばかりに望子たちに話を振りつつも、もみくちゃになる五人からアドライトへ視線をスライドさせながら正直にそう告げる。


「私はもう昇級は考えていないからね、それは構わないよ。 ただ……そうだね、彼女たち奇想天外ユニークが受けるなら私も受けようと思うけど、どうかな?」


 すると話を振られた当のアドライトは特に気にしている様子も無く、鼻腔を蕩かす香り高い紅茶を飲みながらウルたちにウインクして更に話を振った。


「……ぐ、どうする頭目リーダー


 それを見たウルは未だリエナに抱きしめられたままの望子に意見を求めると、望子は幾許も無く頷いて、

「……いこう。 こまってるなら、たすけなきゃ。 だってわたしゆう、んむっ」

 薄い胸の前でぎゅっと小さな両手を握りしめ、ハッキリと自分の意思を伝えようとした。


 ――に。


「ゆう……何だって?」

「あー……ゆ、ゆう……そう、友愛に溢れてるんだよこの子は。 あんたの様な出来損ないの青二才にも手を差し伸べてくれるくらいにね」

「んー?」


 その時、一番近くにいたリエナが望子の口を手で塞ぎ、少々口汚くはあるが何とか誤魔化し、望子は友愛という単語の意味を理解出来ずに首をかしげている。


「そ、そうか……では、ギルドには私から話を通しておくとしよう……改めて、よろしく頼む!」


 それを自分で言うか? と考えていたり、あまり見た事の無い彼女の慌てる姿に違和感は覚えたりといった事はあったものの、彼は気を取り直してアドライトを含めた望子たち五人に頭を下げて頼み込んだ。


 その一方で、漸く自分の口からリエナの手が離れた事で、望子は一旦空気をしっかり吸ってから、

「ぷは……ぅん! がんばるよ!」

 ニッコリ笑ってそう言うと、ウルたち三人はほぼ同時に顔を見合わせて頷き……一つの決意をする。


 ――『依頼クエストの達成』では無く、『望子の死守』への決意だという事は、彼女たち以外知る由もないが。

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