第6話 愚者の最期

 この世界において亜人族デミという種族は、大きく二つに分類されている。


 普通の犬や猫がそのまま服を着て二足歩行になったかの様な『純血』と、腕や脚などといった部分を除き、限りなく人族ヒューマンに近い姿をした『混血』の二種。


 単純な力や、群れの統率力なら『純血』、知能や魔術適正の高さなら『混血』といった差異はあれど、この二種に共通している事もある。


 一度対立したのなら脆弱な人族ヒューマンの勝ち目は限りなく薄い、という事だ。


 ……そんな亜人族デミが、三体。


 突然の事態に呆然とするカナタの目には、その全員が雌の『混血』である様に見受けられた。


 鰭の様な耳、透き通る様な空色の長髪を後ろに束ね、海豚ドルフィンの下半身を宙に浮く水の球体にうずめた人魚マーメイド


 何処か高貴さを感じさせる栗色の髪と翼、鳥獣特有のすらっとした脚とその先に有した見るからに鋭利な爪を隠そうともせず、こちらを睨む鳥人ハーピィ


 三体の中では最も人族ヒューマンに近しい見た目であり、腕や脚、短い髪から生えた耳や腰の下辺りから生えた尻尾といった狼の部分に朱の混じった、威嚇する様に牙を剥き出しにする人狼ワーウルフ


 その外見こそ極端に薄着である事以上の統一性は無いが、人狼ワーウルフに抱えられたまま気を失っている少女を守ろうとする意志だけは共通している様に感じられる。


 この場にいる誰もが口をひらく事すら憚られる様な切迫した状況の中、カナタは意を決して彼女たちに声をかけようと息を深く吸う。


 ……この時彼女は、言葉が通じるかどうかなど微塵も考えてはいなかった。


人形パペット……なのね? 貴女たち……」

「……」


 カナタの言葉に亜人族デミたちは微かに反応を示し、カナタの方へスッと鋭い視線を向ける。


「な、何だと!?」「人形パペット!? あれがか……!?」「そんな筈無いだろう! あれは完全に亜人族デミだぞ!」「いや待て、もし聖女の言葉が本当なら……人形パペットに生命を与えたという事に……!」


 その一方で臣下たちは、それぞれがぎゃあぎゃあと騒ぎ立てながらも、降って湧いた少女ゆうしゃの可能性についての議論を再び開始していたのだった。


 ――気づいてなかったの? と、カナタは心底呆れ返り、臣下たちに侮蔑の視線を送る。


 どう見てもそうだろう、さっきまで少女が大事に抱えていた人形パペットが、綺麗に無くなっているのだから。


 カナタの声に反応を見せてから少しの間思案する様に唸っていた人狼ワーウルフが、抱えていた少女を後ろに立っていた鳥人ハーピィに優しく渡したかと思えば、

「……なぁ、どうでもいいけどよ。 ここどこだ? 日本じゃねえよな?」

 ガリガリと頭を掻きながらゆっくりと立ち上がり、きょろきょろと王の間を見回しながらそう言った。


 ――そう、


 言葉が、分かる……ニホン、というのは話の流れからして地名だろうか、とカナタは推察し、

「……ここは、ルニア王国王都セニルニア。 ガナシア大陸で最も大きな――」

 そこまで言った彼女に、人狼ワーウルフはおそらく無意識の内に何らかの『魔術』を行使し、自身の右手を赤く輝く巨大な爪へと変化させ、振り下ろす。


「ぇ」


 死――その一言が頭をよぎったカナタだったが、何故か彼女に届く寸前で人狼ワーウルフはその爪を止めて、

「……んな事が聞きてぇんじゃねえよ。いいから早くあたしらを……いや、ミコを母親の元へ帰せ」

 強い怒りのこもった低い声で、少女の名を挙げつつ目の前のカナタを脅そうとする。


 あの子はミコって言うのね……と、カナタはたった今死にかけた割には冷静に脳を回していたものの、

「ぁ、あの、それ、は」

 身体の方は恐怖に忠実であったようで、全身が震え、口も上手く回らない。


 ――その時。


「――素晴らしい」


 先程まで魂が抜けた様に聖女と亜人族デミたちのやりとりを眺めていたリドルスがパチパチと手を叩いて乾いた音を鳴らし、褒め称える。


 ……勿論、勇者では無く亜人族デミたちを。


「……其方らが殺めた兵たちは、命を捨てて余を護ることを余自らが許した精鋭であった」


 まるで自分を中心に世界が回っている、とでも言いたげな国王の言動にカナタは信じられないといった視線を向けるが、王の口は止まらない。


「其方らが余のつるぎとなり、盾となれば魔の者どもも余す事無く殲滅出来ようぞ……あぁ、その小娘は必要無い、さっさと処分してしまえ」

「「「……は?」」」


 リドルスがその言葉を発した瞬間、カナタに怒りを向けていた人狼ワーウルフだけでなく、意識を手放している望子を介抱していた鳥人ハーピィ人魚マーメイドもリドルスへあらんばかりの怒気を放ち、少女をゆっくりとその場へ横たわらせてから、玉座へとゆっくり歩を進める。


 リドルスはそんな亜人族デミたちを見て王命を承認したのだと判断し、同じ様に考えていたのか臣下たちも心なしか安堵しているように見えた。


「よろしい。 では手始めに、お主らの手でその小娘を始末せよ。 お主らの様な亜人族デミに情など――」


 ――必要無い。


 そう言おうとしたのだろうが……彼がそれを言い切る事は未来永劫無かった。


 幾重にも重なり極端に鋭くなった水の槍、数える事も馬鹿らしくなる程の無数の風の刃、大きさはそのままに先程よりも遥かに強い輝きを放つ紅蓮の爪。


 怒りを通り越し、我を忘れた亜人族デミたちの力を受けたリドルスの身体は最早……形をとどめていなかった。


 二度の『勇者召喚サモンブレイヴ』によって犠牲になった民たちの想いも碌に理解せぬまま、『賢王』リドルス=ディン・アーカライトは――。


 ――あまりにも呆気なく、この世を去った。

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