煙草 SS
榎本英太
ミントタブレット
「口が寂しい」
ヘビースモーカーだった彼女が煙草をやめた。
今まで誰が言ってもやめなかった彼女が煙草をやめた理由は僕のせい。
「煙草のにおいが苦手」
その一言を僕が言った途端、彼女は煙草を吸わなくなった。
別に僕は煙草をやめてほしかったわけじゃなくて、同居することになって室内で煙草を吸わないでと言うつもりでその言葉を言った。だからベランダとかで煙草を吸ってくれれば、それでよかったんだけど……。
彼女がいきなり「じゃあ煙草やめる」と言い出して、今まで携帯電話を手放さないのと同じように手放すことのなかったまだ中身が入っている煙草をゴミ箱に捨てた時は言葉を失った。
そのことを彼女の両親に連絡すれば当然のように疑われたし、僕も驚きはしたものの、長くは続かないだろうと思っていた。
それから半年、僕の知ってる範囲内では彼女は煙草を吸っていない。
彼女が務めている職場でも吸っていないと噂を聞いて、本当にやめたんだと驚いた。ちなみに彼女の職場でも大きな騒ぎになったらしい。
でも、そんな彼女も我慢できないときがあるみたいで、
「口が寂しい」
たまに聞こえる言葉が口癖になったようだ。
半年も頑張っているのだから今更煙草を吸っていいというのも彼女の努力を無駄にするようなものだから言わないけれど、彼女の欲求を何かで満たせないものかと考える。
禁煙のためにすることでよく聞くのはガムを噛むこと。でも彼女はガムを好んでいない。味がすぐになくなって気持ち悪いからだそうだ。
なら僕の提案するものは一つだけ。
コンビニで買ってきたのものを手に持って、煙草を吸うわけじゃないのにベランダにいる彼女に声をかける。
「ねえ」
「……なに?」
彼女は振り向く。やっぱり煙草は吸っていない。
「口開けて?」
「?」
少し首を傾げるも、彼女は素直に口を開ける。
僕はその口にミントタブレットを一粒放り込んだ。
「……ミント味」
口の中に放り込んだものが何か分かったのか、ミントタブレットを噛み砕いた彼女は呟く。
「煙草の代わりになりそう?」
「……嫌いじゃないから、いいかもね」
彼女は少し満足そうに言う。
あと半年すれば、彼女は煙草を吸いたいと感じなくなるだろうか。それとももう少しかかるのだろうか。
どちらにしても、彼女はきっと煙草は吸わないだろう。
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