2.
李は酒が好きでも嫌いでもなかった。
この店の客は、みなジンとか、ラムとか、テキーラなどの洋酒を飲む。そういう酒しか置いてないせいもあるのだが、李にはそんな蒸留して香り付けされた洋酒のおいしさありがたさがまるでわからない。飲めば酔っ払うというだけの、変な味と匂いがする薬のようだ。
まだワインやビールならうまいと思えるのだが、しかたなくつきあいで飲むしかないのだ。
「李。おまえの仕事は?」
「一応、ウェブデザインの仕事をしているよ。」
「へえ。みかけによらず、おしゃれな仕事してんじゃん。マックかい。フォトショとか使って?」
「ええ。」
「俺もデザイナーだよ。」
この町にはどういうわけかデザイナーが多く住んでいる。少なくともこの店の客はたいていデザイナーか内装屋か、さもなくば服飾コーディネーター。おしゃれな町だといえばいえなくもないのかもしれないが、李にはピンとこない。住んでみてわかったことで、仕事のためにこの町に住もうと決めたわけではない。ただたまたま都心に近くて安くて外国人にも貸してくれる賃貸物件があった。それだけだ。
彼らはデザイナーと言っても事務所は個人か中小で、新聞の折り込みチラシや名刺のデザインなどの小さな仕事を請け負ってやっているのだ。みな若くて独身、結婚していても共働きで子無しなので、そんな仕事でもこの物価高な町に住み、食っていける。そして毎晩のように飲み明かすのだ。彼らがこの町で気楽にくらしていけるのも若いうちだけだ。年相応になり、子供でもできたら、郊外に引っ越さなくてはならない。やたらと人が多く、雑然として、窮屈で、それでも懐かしい青春を過ごした町を離れて。
「李?おまえ故郷は、中国のどこだ?台湾?香港?それとも。」
「上海に住んでた。」
「へえ。大陸のほうか。学生だったのか。」
「いや、上海で大学を出たあと、仕事をしていた。それから、日本の大学に入り直し、卒業後たまたま就職口があって、就労ビザがおりて、最長五年日本にいられるようになった。」
「もともと日本で暮らしたかった?」
「ああ。」
「つまりおまえのせいで、日本人の仕事が一人分減ったわけだ。」
「おい、おまえ、ちょっとたちの悪い酔いかたしてるぞ、今日は。」
李を咎めた男は皆にたしなめられた。しかし、李は知っている。日本人はたいてい、言葉には出さないが、あの男のように、自分たち中国人のことを、特に台湾人や香港人ではなくて、人民中国の連中を、疎ましく思っているということを。
ちょっと気まずい雰囲気になった。
「李。君は、どうやって日本語を勉強した?日本に来てからしゃべれるようになったのか?」
「僕は上海で日本語学校に通っていたので、中国にいたときから日本語はしゃべれました。それに日本のアニメが好きで良く見ていたので、自然に日本語を覚えました。」
「へええ。そうなんだ。」
そういやあ、李は中国人の典型的なオタクのような風貌をしているのだった。
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