28 ペチカ

 北大陸の冬は厳しい。まして荒野からの風が吹き抜けるこの寒村では、暖房はまさに命綱だ。

「なんで帽子も被らず歩いてきたのよ!」

 雪まみれの来客から外套を剥ぎ取り、問答無用で暖炉の前まで引っ張っていったカリーナは、呆れ顔を隠そうともしない。

「いやあ、ほんのちょっと外を歩いただけでこんなになるとは思わなかったんですよ」

 鼻と耳の先を真っ赤に染め、暖炉の前でガタガタ震えながら答えたのは、誰であろうカリーナの婚約者だ。結婚式を来春に控え、今日は夕飯を一緒に食べながら式の打ち合わせをする約束をしていた。

「まあ、急に吹雪いてきたものね。無事に辿り着いたから良かったけど、一歩間違えれば遭難してたわよ!」

 結婚前の同居は許さん、と父がごねたため、彼は近所の雑貨屋に居候している。普段なら汁物も冷めない距離だが、それでも吹雪けば視界が通らなくなる。

「気をつけます」

 神妙な顔をしてそう頷いた青年の頭から、溶けかけた雪がぼたりと落ちた。

「ああ、すみません。床がびしょびしょに」

「そんなことより頭を拭く!」

 呑気さに業を煮やし、そのくすんだ金髪を台拭きでごしごしと拭いてやる。ついでに靴と靴下も脱がせて暖炉の前に広げ、裸足の彼には揺り椅子を勧めた。

「ああ、この家は本当に暖かいですね」

 ようやく体が温まってきたのか、安堵の声を上げる青年。先ほどまで吹雪の中にいたのだ、しっかりと暖められた室内は、まるで楽園のようだろう。

「それにしても、この暖炉は面白い形をしていますね」

「そう? この辺りの古い家はみんなこうよ。煙突を壁の中に通して、家中を暖められるようになってるの。そこで煮炊きも出来るから便利なのよ」

「なるほど、北国仕様というわけですね」

 冬場は暖炉の前が家族団らんの場だ。日がな一日、暖炉のそばで料理をしたり編み物をしたりしながら、長い冬をじっと耐え忍ぶ。

 今でも思い出す。シチューを煮込む祖母の後ろ姿。木工に励む祖父の手。せっせと編み物をする母と、それを見つめる父の笑顔。

 祖父母が亡くなり、母も病に倒れ、いつしか暖炉の前に集まるのは父とカリーナの二人だけになって。

 寂しくはなかった。父と二人、泣いて笑って、喧嘩して――それでも楽しかった十年間。

 でも、今度からは。

「賑やかになるわね」

「え? 何か言いましたか、カリーナさん」

「ううん、何でもない」

 今年からは三人で。そしていつかは、もっとたくさんの家族に囲まれて。

 暖炉の前は、いつだって賑やかなのがいい。


「あー、ええと、カリーナ? 夕食はどうするのかね?」

「もうお父さんったら、少しは空気読んでよね!」

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