六日目13
革命決行は明日となった。
一日革命は不安が付きまとうが、ヒュウガの救命のためだ。悪魔を蘇らせた後、ヒュウガが無事であるという保証はない。それに、ヒュウガの望みでもある。生きて、7日でもとの世界に返してやりたかった。
明確な策などなかった。そもそも策士なんてこの街にいない。それでも絞り出したのは、名案とは言えないようなものだった。
健康被害がまだ出ていない民が屋敷に火を放ち、セグレタの動きを封じる。奴らをじわじわと炙り出そうという作戦だ。その間に、俺が屋敷内に侵入。隠密行動で聖剣を奪い、ギルドラートに突き刺す。総勢百名での奇襲となった。
なによりも今回の革命で恐ろしいのは、すないぱーらいふるだった。はるか上空からの狙撃。その正確性は神さんで証明されてしまっている。だが、すないぱーらいふるには連続性があまりないことが分かっている。なら、それほど脅威ではない。
その準備に民は忙しいようだった。剣を扱えるものは剣を。それ以外は鍬や松明を。もちろん火炎瓶や火矢の用意も忘れてはいない。準備する彼らは、驚くほど活気づいていた。革命前で逆に気分が高揚しているのもあるだろうが、きっとそれだけではないだろう。
ふと目についたのは、ディエさんから受け取った紅茶を冷ましているテオの姿だ。その隣には足に包帯を巻いた男性が石畳に座っている。テオから紅茶を受け取ると、二人は微笑みあった。
親子水入らず。邪魔するわけにはいかないな。
テオの親父は、テオが盗みをやったと知っているのだろうか。
――リードラット家は、俺が悪魔だと疑わなかったのだろうか。
いや、きっと疑ったに違いない。
疑ってなお、彼らは俺を信じてくれた。なんの血のつながりもない俺だけど、愛してくれた。その優しさから、俺は逃げたのだ。
そんな俺が聖剣を手にすることができたのは、一体なぜなのだろう。
そんな俺が同じ悪魔である彼を傷つけることができるのは、一体なぜなのだろう。
「なにやってんのよ」
なんて考えながらぼーっとしていたら、とんっと腰を叩かれた。シエラである。振り返ると彼女は隣に立ち、俺の顔を覗き込んできた。
「な、なんでもねぇよ」
俺はついっと視線を逸らす。目を光らせるシエラの顔が少し恐ろしかったから。
彼女は俺の正体に気づいたとき、どんな反応をするのだろうか。
それを考えるだけで、心が痛む。シエラの顔を想像して、泣きそうになる。居場所がなくなってしまうかもしれないと、気づかされる。
「なによ、怪しいわね……こんな時に隠し事?」
「なんでもねぇって」
「本当に?」
疑いの目に、俺はため息を吐いた。そして、口を開く。
「神話の英雄の一人は、悪魔だったんだって。だけど、その英雄は同じ悪魔を傷つけることができたらしい。……シエラはどうしてだと思う?」
えっと驚愕に眉を上げたシエラは、特に考え込むような素振りを見せることなく、やけに自信満々に答えた。
「たぶんあれよ。その英雄様は、もと悪魔だったのよ」
「……もと?」
「そう。自らの行いに反省して、それで悪魔じゃなくなったのよ、きっと。でも、穢れてしまった以上、神や天使には戻れない。きっと、そういう人たちも神様と一緒に戦った人間のひとりなのよ」
そう信じて疑わない口調に、俺は苦笑した。シエラらしいと言えばシエラらしい。彼女はいつだって、自分に自信を持っていた。そんな彼女を見ると、不思議と俺も自信にあふれ、納得したように感じるのだ。
「……そうか。ありがとな」
「なにが?」
鈍いのか鋭いのか、よくわからない奴だ。俺は声を出して笑い、シエラの背を押した。
「行って来いよ。革命を率いる者として、この街の次期領主として、一言言ってやれ」
狼狽したように慌てていた彼女だが、車椅子を押しだすと、覚悟を決めたようだった。注目を寄せる民に向かって、大手を広げて演説する。
「皆に聞いてほしい!
今や国はなんの役にも立たない。助けは待つのではなく、自分から求めに行かなければならない。自分から、自分を助けようと思わなければならない。
行動しなければ、なにも変わらないの!
頼れるのは私たちだけ。このまま、ケルズに世界が包まれるわけはいかない!
さぁ、今こそ咲かせるの! ソリアの花を、世界中に咲き乱れさせるのよ!!」
沸き起こる歓声に、俺は拍手を捧げた。
悪魔から生まれたからなんなんだ。俺は悪魔なんかじゃない。
アルマトレバの英雄、リュークだ。
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