六日目11
「マジかよ……ヒュウガが鍵だって……?」
あの剣が実ははるか昔に封じた悪魔を解き放つためのもので、それを一切の腐食なしに振るえるヒュウガが鍵。悪魔を解き放つため、ヴェルジュリアはヒュウガを攫って行った。
さすがに話がぶっ飛んでいる。そもそも大前提がおかしいのだ。あの剣は穢れのみを断つものであったはずなのに。
「神にどのような意図があって聖剣を作ったのかはわからないけど、とりあえずはそういうことなんだ」
倦怠感がひどいらしく、レティーシアはめんどくさそうにそう説明した。体にまともに力も入らないらしい。頭痛も吐き気もひどく、気分は最悪だそうだ。これも、あの薬物の影響だとディエさんは言っていた。「こんなひどい目に合うくらいなら、もう二度と薬物はやらねぇな」。レティーシアはそう吐き捨てていた。
「一体ヴェルジュリアはなにをしようっていうの……?」
震えをいなすように肩を抱いていたシエラは呟いた。その仄暗い目は先を危惧するように、窓の外を見ている。外は彼女の心境を暗示するような、どんよりとした分厚い雲が覆っていた。
レティーシアは紅茶を飲み干し、ぎりりと奥歯を鳴らせた。
「世界の再浄化だよ」
戦慄の沈黙が訪れた。レティーシアの声の余韻は心を揺する。
「世界の再浄化って……」
「お前が想像する通りだ。奴らは、奴らが信仰する神とやらは、再び楽園を生み出そうとしている。それも、次は地上世界の再浄化だ」
息を詰めた音がやけに響いた。隣を見ると、シエラが口に手を当てている。激しく咳き込んだ彼女の背を撫でてはいたが、俺の心はシエラの心配には向けられてはいなかった。
楽園とは、神話の世界のものだ。地上を捨て、悪魔によって空に築き上げられた新たな世界の名である。その際、地上には悪魔が独断で選んだ穢れた者だけが残されたという。日の光が遮断され、草木さえ育たなくなり、家畜は死滅した。そんな終末がまた起こるなんて。さらに次は上に世界を創るのではなく、この世界を白紙に戻して創り直すなんて……。
背筋に寒気が走った。井戸水の汚染。時告げの花の栽培。それは、この世界を創り直すからできた所業だったのか。この世に巣くう穢れも、まとめて一掃できる。
俺は立ち上がった。シエラの肩を掴み、こちらを向かせる。恐怖に青い彼女を鼓舞するように肩を叩き、俺は告げる。
「お嬢様、民にこのことを説明しましょう。そしてこの地区に残っている民を中央広場に集めてくるよう言ってください。その時、なるべく屋敷方面から隠れて移動すること。お嬢様だけにしかできないことなんです」
シエラは急な命令に困惑しているようだった。まだ恐れが抜けきっていない今、それは不安でしかないはずだ。しかし、彼女は数秒目を瞑ったあと、自ら頬を叩いて頷いた。
「わかったわ」
その、意思の強さよ。俺は安心して、ディエさんに向き直った。
「ディエさんは集められた民に鎮静効果のある紅茶を淹れてやってください」
「わかりました」
「リューク」
出て行こうとした俺を呼び止めたレティーシアは、至極真面目な顔で言った。
「万能薬を頼む」
意味が分からなかったが、眉を顰めながらの彼女のなにか摘まむような指の動きに、俺は理解した。
「葉巻か。んなの吸って大丈夫なのか?」
「なに言ってんだ。葉巻と酒は万能薬だよ。それで落ち着いたら、私も武器の補充に移ろう」
「……わかった」
葉巻なんて吸ったら余計悪化しそうなものだが、吸う人にしかわからないのだろう。彼女は薬物というより、葉巻に依存している気がするが……まぁ、今気にする必要もないだろう。
部屋を飛び出すと、そこにはローガンが立っていた。テオの姿はない。
「あれ、テオはどこへ行ったんだ?」
「テオならシエラ様についてったよ。とーちゃんを救うんだってよ」
大丈夫だろうか。危険だというのに……小屋を出ようとした俺を止めたのは、ローガンだった。
「なにか用事があるんだろ」
「なら邪魔すんじゃねぇよ」
「俺がレティーシアさんの葉巻を用意するよ。お前はその用事を済ませて来いよ」
聞かれていたのか。そして、分かっていたのか。彼は、俺がなにをしにいくのかを、察してくれたようだ。
「あぁ、任せた」
葉巻の件を託し、俺は森へと駆けた。
……どうしても、明らかにしたいことがあった。
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