二日目3

 アルマトレバの街は丘陵と山に面した場所の上に作られている。そのため石段と石畳と路地で入り組んだ構造をしているのだ。町全体が迷路のような造りであるのは、敵の侵略を防ぐためだと言われていた。……まぁ、それもまったく意味をなさなかったが。

 仄暗い路地裏には、色を無くしたツタが石の灰と調和している。そんな寂れた細い通路の両脇には、石を這うように張り付いたシアンの壁があった。不吉な掠れた赤が、とぎれとぎれに続いている。圧迫感と居心地の悪さに早足になる。


「アイツらはいったいなんなのだ?」


 無言を貫いていたヒュウガは、我慢ならないとばかりに問うた。


「俺たちが倒すべき相手だ」

「ずいぶん雑な説明だな。俺に革命を手伝わせようという気があるのか?」

「……アイツは悪魔を崇拝する教団、ヴェルジュリアのメンバーだ」

「ほう、悪魔?」


 その言葉はなぜかヒュウガの興味を引いてしまったようだ。

 このまま無視をしてもうるさいだけだろう。面倒ごとが増えてしまったとため息をつく。


「銀の翼を持つ、白の法衣をまとった奴らしいぞ」


 言いながら、俺は何度も見せられたシエラの絵を浮かべていた。

 金色の舟に選ばれた者を乗せ、世界を上と下に分けた悪魔たち。その白銀の翼で舞いながら、神さんと地上の戦士たちと戦ったという。


「なんか、悪魔というより天使に近い容姿だな……その話を聞くにだが」

「天使とは程遠い。数々の災厄をもたらしてきたらしいぜ。信仰心のために人を騙し、殺し、弄んだそうだ。まぁ、今はもう封印されてるらしいがな」

「なんだ、もう封印されているのか。我が内に宿る獣の遊び相手になってもらおうと思っていたが……つまらんな」


 ずいぶん大層な大口を叩く奴だ。こちらの世界の仕組みを知らないから、そう言い切ることができるのだろう。たとえ彼の身に、本当に神を宿していたとしても、その獣とやらにものすごい力が秘められているとしても、悪魔は殺せないというのに。


「残念だが、お前のすごい力をもってしても、神や悪魔は殺せないな」

「何故そう言い切れる」

「人間は、ある者を除いては神も悪魔も殺せない。まぁ、神も悪魔も互いを殺すことはできないけどな。だから、泥試合なんだよ。人間だけが殺されていくってワケさ」

「ある者とは?」

「神か悪魔、どちらかに命じられ、刻印を刻まれた者だけだ。それこそ、本物の英雄なんだろうな」

「ふむ……なるほど。珍しい世界観だな。おもしろいではないか」


 ヒュウガは目を輝かせた。

 変な話を好むやつだ。闇を好む性によるものなのだろうか、俺には理解できない性だ。呆れながら先を急ぐと、そうだ、といやに明るい声が飛んできた。


「気になっていたのだが、何故そんな奴が領主になるのを国は認めたのだ?」

「崇高で啓蒙高く、この国のことを想いやる力を持っている……とか言ってたな」

「ずいぶんな過大評価だな」

「そうでもねぇよ? あのボンクラ王からしたら、ギルドラートは本当に「国を」想いやる力はあるからな」

「……どういうことだ?」

「噂だが、ヴェルジュリアは悪魔術や錬金術を研究しているらしい。その力は、本来の神さんに匹敵するほどなんだと。その力が何かは、分からないけどな。

 もしその力を利用できたら、国はどうすると思う?」

「力に驕り高ぶり……戦争?」

「その通り。そのために国王は神を売って、ヴェルジュリアに寝返ったんだ。その過程でヴェルジュリアにのめり込んでいって、結局は国王もヴェルジュリアの手先になった。邪教の使途を根絶やしにすべく、先代の領主家であるリードラット家を解任して、結果この街はヴェルジュリアに乗っ取られましたとさ」


 悪魔の力を被ろうとしている国王にとって、その悪魔に歯向かうこの街の奴らは邪魔者。だから、それを断罪していっているギルドラートは、国王にとって「国を」想いやるだけの力を持つ者なのだ。

 ふぅむ……とヒュウガは難しい顔をしていた。どうやらバカには難しい話だったようだ。俺はため息を吐いて、目的地へと足を速める。

 路地に隠れるように、その店はあった。錆びついた看板と掠れた文字。大きな窓ガラスの先は見えない。――もとのアルマトレバなら、味のある酒場となったことだろう。


「ん、なんだ? ここは」

「配給所だよ」


 扉を開くと、闇が広がっていた。目を凝らすとうっすら見えるオーナー。キュッキュッという音。会釈もせず、黙々となにかを行っている。どうやらグラスを拭いているらしい。


「パン、もらってくぜ」


 返事のないオーナーに、俺はカウンターの上にバティア銅貨を一枚置き、トレイからたくさん並んだパンを四つ掴んだ。食糧の価格が急騰した今や、民の命をつなぐものは配給のパンである。街に数ヵ所ある場所では、安値でパンが買えるようになっている。……まぁ、それもいつまで持つかはわからないが。


「闇に満ちている……混沌たる、あちらのモノの蠢きしせか――うぐっ」


 煩いヒュウガの口にパンを突っ込んで、俺は配給所を出た。最後まで、オーナーは何も言わなかった。そこがいいのだが。

 ヒュウガはうっ、と唸った後、パンを口の中でもぐつかせた。途端、眉根を寄せる。


「……なんだ? このパンは」

「なんだよ。こんなマズイもんは食えねぇってことか?」

「いや、違……わなくもないが。こんなの、俺がもらっていいのか?」


 ……いつも頭が高すぎるくらいなのに、こういう時に限って急に謙虚になるヤツだ。

 ため息をつき、俺は先の闇を睨みながら答える。


「構わねぇよ。配給用のパンだ。それに、お前は客人同様。……癪だが、そう扱わねぇと俺が怒られる。貴重なんだから、よく味わえよ」


 パンをひとつ咥え、ポケットに残りのパンを突っ込む。ヒュウガはそのパンの硬さゆえにか、不味さゆえにか、顔を歪めている。味わうもクソもない。数少ない貯蓄から市民に配給されるパンは、薄い塩味で乾いて固い。味わってモノを食うことはもう忘れた。腹が満ちれば、それでいいのだ。

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