聖剣の厨二病
湊川ユーリ
序章
「―― Ar gird ser'd yety」
金管楽器のように透き通る神さんの声は、ソリアの花々を揺らしていった。その砂地に正確に引かれた二重円と四角。手に握るイブリア火花に、彼はその雄花を擦りつけた。ぼんっと音を立て、雄花は火を宿す。炎と漆黒の翼を広げた神さんに共鳴するように、縁に沿うように刻まれた文字が、線をなぞって輝いていく。
刹那、陣から青の輝きが放たれた。キーンと耳障りな、頭痛をもたらすような音。不意に巻き起こる風が俺の茶髪をかき混ぜる。まばゆい光に目も開けていられず、俺は思わず顔を覆う。
「聖剣の乙女が、異世界より現れました」
神さんの言葉に、俺は右の腰に納まる剣のことを考えた。
その刃は神が造りし物。選ばれた者だけが振るうことを赦され、穢れを断ち、封印するという。
しかし、その聖剣伝説を紡ぐには、蓄積された穢れを祓う乙女が必要だった。
それは、穢れに触れたものにはなれない。
「面を上げよ、アルマトレバの英雄よ」
雷が落ちたかのような轟音とともに、光は失せた。英雄なんて、ずいぶんな皮肉だ。そんなことを考えながら、巻き起こる粉塵の先に左目を凝らす。
「ほぅ、誰だ? この俺を呼んだものは」
小さな――いや、かなり大きな違和感。俺は神さんを肘で突く。が、神さんは返事もしない。
ずいぶんと低い声だ。それに――俺?
「この俺を召喚するほどのマナを持つとは……おもしろい。悠久をも超える旅路の終章がようやく始まるというのか。いや、それはまた序章ともいうべきか……おもしろい」
なかなかに奇怪な言葉を使うヤツだ。相容れそうにもない。
落ち着いてきた砂塵に、だんだんとソイツの姿が知れた。
「なんと……!」
神さんのこんな声は、出会って以来久々に聞いた気がする。いつも冷静沈着でなにを考えているのかわからないような人だ。なのに、今は俺でも神さんの考えていることが分かった。
「お前……誰だ?」
一歩前へ。剣を構えて。
それが見えているのかいないのか。襟元を立て、暑苦しく首元までを黄色いボタンで留めた黒い服の男は、勢いよく両手を開いた。
「誰だ、誰だときたか!!」
「あれが……」
神さんの呟きは、ソイツの耳につく笑い声にかき消された。腰を折り曲げくつくつと。肩を震わせるソイツは、黒髪に半分隠れた目を見開いて俺たちを指さした。
「愚かな……愚かな! この俺を知らぬ者がいたとはなぁ! ふふっ……まぁいいい! 教えてやろうじゃないか」
向こうの世界では有名なヤツなのだろうか。どうもそうは思えない男は、右目を覆うように左手で覆い、左脇腹に右手を添えた。左中指の指輪がきらりと光る。バカみたいなポーズを決めた男は、声高々とそらんじた。
「我はその身に大罪ベスティアを宿す者。その名は
顎をしゃくり、右手を前へ。いちいち動作の激しいソイツ――ヒュウガは、そのキラキラとした目に笑みを湛えた。
「神を喰らい、そして新たな神となる男だ」
神さんの息遣いが荒くなるのが嫌でも知れた。振り返ってみると、神さんは長い金髪をかき上げ、信じられないとでもいうように首を振っている。
「あれが……厨二病というもの…!」
その言葉は、俺には理解できなかった。
ただ、ヒュウガって野郎を、叩きっ斬りたくなった。
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