見上げた木の梢に

 蝉の抜殻を見つけた

 私の頭上遥か遠く

 風に揺さぶられながら

 なおしがみつく華奢な足


 木の根元には穴があった

 抜殻の主が、這い出たものだと気付いた

 私より遥かに小さな体で

 私の届かない高みまで

 どれだけ時間をかけて登ったのだろう

 

 夜の中で、風の中で

 必死に掴まっていただろうか

 敵には見つからなかっただろうか

 昇る朝陽に透き通る体は煌めいただろうか

 使い方も知らぬ羽を信じて広げ

 初めて翔んだ空に、何を見ただろうか


 地中の数年、地上の数週間

 生き急ぐものだろうか

 蝉には関係ないだろうか

 ただ一心に鳴く

 灼熱の太陽に

 挑むように、叫ぶように


 木の根元には、鳴き終えた蝉も転がっていた

 命は繋げただろうか

 悔いは残らぬだろうか

 勝手な感傷だろうか

 蝉のようには生きられぬ私の


 永遠に存在を顕示するようだった声が

 いつしか途絶えたことに不意に気付く

 取り返しのつかない切なさ

 彼らの夏は去り、私は未だ此処に在る


 辺りは蝉の声に包まれている

 どこかで力強い羽の音がする

 命の限り生を謳歌しているのだと思った

 閉じた眼裏に蝉は飛び

 空に向かって高らかに謳う


***


 夏は、切ない。

その切なさに一役買っているのが、蝉のように思います。

 地中で何年も過ごし、出てくるのが灼熱の夏だなんて。しかも、毎日叫ぶように鳴く。

 ほとばしるような、生。

 気付けばうるさいくらい鳴き始め、気付けばいつの間にかパタリと止んでいる。

気付いた時の、取り返しのつかない切なさ。

 長年、この切なさは何だろうなと思いながら。久々に蝉を眺めて、つらつらと考えたのでした。

 それでも今年も、去ってしまった後に気づくのかしら。

 

 

 


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