第2話

「この者が水乙女のシャーロット・メイヤー。

 メイヤー公爵家の養女だ」


 この言葉で、カチュアには全てが分かってしまった。

 この婚約破棄が、王宮内の権力闘争なのだと。

 そして実家のサライダ公爵家が、権力闘争に負けたのだ。

 だが、それも当然だと思っていた。


 そもそも両親は、とても温和で、権力闘争など不向きなのだ。

 重臣達がその面を補ってくれていたが、当主夫妻が苦手なのだから、一手も二手も遅れてしまう。

 カチュアと王太子の婚約も、現国王陛下主導で行われたものだ。

 決してサライダ公爵家から求めたものではない。


 国王陛下が御不調だと言う噂も流れていた。

 思慮が浅いと評判の王太子殿下では、メイヤー公爵に容易く手玉に取られた事だろう。

 まして、これほど魅力的な女性に迫られたら、容姿の幼いカチュアなど棄てて当然かもしれない。


 シャーロット・メイヤーは、赤味がかった赤銅色の肌の持ち主だ。

 光り輝くような肌艶で、思わず手が出てしまうほど魅惑的だ。

 髪の毛も、天高く燃え上がる炎のように赤く、心の熱情を体現しているようだ。

 何よりその赤い瞳に見つめられたら、魅惑されて何も考えられなくなるだろう。


「初めまして。

 サライダ公爵家の御嬢様。

 養女ではありますが、私も公爵家の令嬢ですわ」


 この女は悪だ。

 逃げなければ殺される。

 瞬間的に分かってしまった。

 前世の経験が、命の危機を知らせてくれた。


 だが、水乙女がオアシスから逃げれば、水が涸れてしまう。

 死んでしまっても水が涸れてしまうが、むざむざと逃げる訳に行かない。

 絶対に確かめなければいけなかった。

 シャーロット・メイヤーが、本当に水乙女かどうかを。


「最後にお聞かせいただきたいのですが、水乙女だと言う証は、どうやってたてられたのですか」

「何だと、余の言う事が偽りだと言うのか」

「いえ、そうではありません。

 教会が王太子殿下に確認してくるのが、心配だったのです」


「余計な事を言うな。

 もう婚約破棄したのだ。

 お前には関係のない事だ」

「教えてやればよいではありませんか、王太子殿下」

「シャーロットがそう言うなら、特別に教えてやろう」


 もったいぶった王太子が言うには、シャーロットは火竜の砂漠の灌漑に成功したと言うのだ。

 それがもし本当だったら、王国建国以来の快挙だ。

 水乙女かどうかは分からないが、賛美されてしかるべき存在ではある。

 王太子殿下の正室候補に挙げられるのも当然だ。


 だが、それでも、カチュアはシャーロットが悪だと感じていた。

 この直感に間違いはないと確信していた。

 愛する人を護るために、この場を切り抜けないといけない。

 カチュアは必死で考えていた。

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