第一章 自分に何かを……


 スマホのアラームの音が部屋中に響き渡った。


 私はその音で目を覚まし、気怠い体を無理やり起こす。するとスマホからもう一つ違った音が鳴った、私はその音でぼーとしていた頭を覚ます。


 覚ました頭がその音の正体を気になりだし、近くの机の上で充電器が刺さったスマホを取るために、まだまだ重い体を引きずりながら立ち、スマホに手を伸ばした。


 最初にアラームを切り、日にちを確認した。


 十月二十六日、土曜日、六時四十一分


 日にちと時間を見て、その次にさっき鳴っていた今日の日程を書いた、メモアプリを開いた。


 少し固まった画面の次に今日の日程が記されていた。


 その日程の中から、赤文字で書かれている単語がある。




     文化祭と




「そうか、今日は文化祭か」


 世間一般的には、あまり珍しい響きではない上に誰もが一度は経験したことのある行事だろう。自分も去年までは、ただ準備に時間を使うだけの生産性もクソもない行事と認識していた。


 だけど、今年は違う。人生で一番記憶的になるであろう文化祭だ。


 俺は来年の三月頃に、父の会社の都合で外国のある小さな田舎町に引っ越さなければならない。


 親が言うには二、三年もあれば外国企業との取引の交渉が終わり、日本に帰れるらしい。


 別に今日が人生最後の日になるわけでもあるまし。二、三年もすれば帰れるうえに今度帰ってくれば、準備とかなしで文化祭を楽しめる。


 家の事情で海外に引っ越すこともそんなに珍しいことでもない。


 それで生涯忘れられない日と言うのは盛りすぎではないかと思うだろう。


 いや、ちゃんと理由はある。


 その理由が――再来年に命を落とすとても愛おしい女性に告白をするからだ。


 この一文で大体の人は察してくれるだろう。私が日本に帰ってきたら彼女はもういない。もし告白が成功あるいは失敗しても彼女への思いは忘れることはない。


 だが、死を意識している彼女への思いは彼女にとってとても薄っぺらいものであろう。それに、愛と言うものは彼女が死を覚悟している気持ちに踏み入れて、その気持ちを追い詰めることは容易に想像できる。


 だけど、私は彼女への思いを変えることはない。新しく恋をした人に出会っても心の中のどこかに彼女がいることに必ず気づく。


 俺は、そんなことを思いながらスマホを閉じ、彼女との出会いを思い出し始める。



      ✺  ✺  ✺

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