救えない先輩と降り続ける批判
過去の記憶が曖昧だ。
忘れるべきではないこと。
忘れたいこと。
未来というのは曖昧だ。
選択肢がいくつもあり後悔ばかりする。
夢というのは曖昧だ。
どこまでが現実で、どこまでが夢の中なのか。
はたまたこれすらも夢なのか。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
とある夏休み、8月9日。
僕は会社の同僚が香川県に別荘を持っているという事で行くことになった。
行くメンバーは僕(
それと先輩である
「それにしてもなんで蒼太は別荘なんて持ってるんだよ」
「いやー、ちょっとやってるスポーツの関係でこっちによく来るので」
「あー、羨ましいな。みんなもそう思うだろ?」
子供のようにはしゃいでいる石塚先輩。
普段はもっとトゲトゲしく、救いようの無いクズな男なのに。
だから僕は不思議だ。
なんで蒼太は先輩を別荘に招待したのか。
「蒼太、蒼太。今日の夕飯何にするんだ?」
「そりゃ、俺が釣ってきた
悠希の質問に嬉しそうに答えている。
フグ鍋かぁ、僕は食べたこと無いんだよな。
だから楽しみだ。
「先輩もほたるも夕飯が出来るまで何処か行ってていいぞ? 悠希と一緒に作るから」
「俺も一緒にかよー。まぁいいけど」
僕と先輩は軽く追い出される形で外に出た。
先輩もフグ鍋が楽しみなのか、いつものような当たりは無くて良かった。
否、僕の勘違いだったようだ。
「なぁ、ほたる。お前今カネあるか? 貸してくんね」
「前のをまだ返してもらって無いんですけど」
「あぁ? そんなの知らねぇよ。いいからあるだろ。ほら」
そう言って僕の財布から諭吉さまが抜き取られた。
「返すから。んじゃ」
拓海先輩は重度のギャンブル依存症で、パチンコが大好きで後輩からカネを巻き上げるクソ野郎。
それだけでよくないけどまだある。
仕事は出来ないのに押し付けて叱るは、女性社員にはセクハラをしてそれを捩じ伏せるは、人一倍早く帰り遅刻多数と、挙げていけばキリがない。
「あーあ。1人になっちゃったけどどうしよう。また夕飯まで時間があるだろうし」
僕はとりあえず海を見ようとブラブラ歩く。
別荘の近くに海って結構高いのかな?
「よぉ、兄ちゃん。どしたんだよ」
「いえ、ちょっとブラブラと」
「そうか」
釣りをしている少しお酒臭いおじさんに話しかけられた。
「何が連れるんですか?」
「この辺だと河豚とかかな」
「河豚、ですか。やっぱり美味しいんですか?」
「そりゃもう最高だよ。舌の痺れる感覚とかがまた癖になる」
「へぇー」
「まぁ、毒があるから気をつけないとだけどな」
えっと、「舌の痺れる」って完全にアウトなんじゃ?
だって、なんかの本でよんだけど第一症状だったような。
――――ブブブ ブブブ ブブブ
僕のスマホが鳴り、夕飯が出来たと知らせてくれた。
初めてのフグ鍋に心を踊らせながらはや歩きで蒼太の別荘へと戻る。
「先輩はまだですか?」
「ほたるだけかよ。まぁいっか」
「蒼太、先輩待たないと面倒だよ」
「いや、待つよ。面倒なの嫌だし。ほたるって辛いの大丈夫?」
「えっと、苦手なんだよね」
「えっ、そ、そっかー。うん、そうだよね。なら赤唐辛子は抜いとくよ」
辛いのは苦手なんだよなー。
でも何に入れるんだろう?
たしか先輩も辛いの苦手だったような。
「いやー、負けた負けた。おっ、出来てるな。早く食おうぜ」
負けたって言ってるから僕のお金は返って来ないんだな....トホホ。
「先輩もビールでいいですよね? 一番のやつと銀のやつどっちがいいですか?」
「どっちでもいいから早く食おうぜ」
「わかりました。これがタレです。俺の特製」
悠希の特製か。
一口舐めてみるとコクがありなんだか美味しい。
これはいけるな。
「なんだよ、これ。俺はポン酢かなんかでいいよ」
「わ、わかりました」
悠希の顔には驚きの表情が浮かんでいる。
ここは普通自分のタレが受け入れられなかった悔しそうな顔とかじゃないの?
「それじゃあ、いただきまーす」
「「「いただきまーす」」」
初めてのフグ鍋はそれはそれは美味しかった。
タレもよくわかんないけど合うし、あの酔っぱらいのおじさんが言ってた舌の痺れる感じがまた癖になりそうだ。
「蒼太と悠希はそんな辛いなら唐辛子入れなければいいのに」
「いいんだよ。これがまたいいんだから。なぁ」
「そうそう。辛いの苦手ならしょうがないけど」
2人はどこか申し訳なさそうな顔をしている....?
なんでだろう?
「それにしても
涼子というのは同じ会社の同僚で美人。
でも....あれ?
僕の記憶が正しければ涼子さんは蒼太と付き合ってたはず。
でも今の先輩の口振りって?
それから普通に食事を終えた。
先輩は酔ってベロンベロンだ。
僕はまだ舌の痺れが続いていて少し不愉快な気分。
お酒も回って眠いし、寝るのが1番だな。
みんなが寝静まった夜中。
午前2時、
「グッ」
急激な頭痛に目が覚める。
「
あれ、滑舌が上手く回らない。
そもそもなんでここに?
あれ、僕ってなに食べたっけ?
気持ちが悪い、吐き気がする。
※
バサッ、という音と共に僕は目が覚めた。
というより、僕が布団を剥いだ音だった。
「ここは、家?」
でも僕が見ていた夢は鮮明だ。
今日の日付を見てみると8月7日。
蒼太たちと出掛ける2日前。
「そうだ、出掛ける予定なんだよな」
それにしても縁起が悪い。
こんな旅行で死ぬなんてあり得ないし。
「それにしてもさっきの影響か頭がクラクラするな」
試しに体温計で熱を測ってみると「38.9゚」と高熱だ。
そりゃ頭がクラクラするわけだ。
寝れば治るだろう。
いや、あと2日までには治さないとだな。
結局僕の熱はなぜか長引き旅行は僕だけ行けない事になった。
そして、なんの嫌がらせか先輩と蒼太と悠希の楽しそうな写真が何枚も送られてきた。
「こっちは辛いんだよ」
頭がクラクラするし、吐き気はおさまらないし、寒気もするから本当に最悪だ。
これは季節外れのインフルか?
いやいや、流石にそれは無いよな。
送られてきた写真を眺めていると最後の1枚で指が止まった。
最後の写真、それは蒼太たちがフグ鍋を囲んで楽しんでいる写真だからだ。
鍋の柄や形、器の大きさや先輩だけポン酢とあの夢の通り。
それが意味することは僕はわかるはずだ。
いや、わからない訳無い。
だって、だって夢で体感したんだから。
1週間後に僕の風邪も治り、石塚拓海先輩は死んだ。
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