カクヨム2020夏物語

ハッピーバースデーマン

「そろそろ来るかな」


 2019年8月31日。私の誕生日。夕方の少しだけ暑さのやわらいだこの時間に今年もアイツはやってくる。


 布団と洗濯物を取り込むついでに、自宅マンション7階のベランダから外を見下ろす。駅のホームが見える。電車が発車し車両が過ぎ去ったホームにアイツがいた。改札を出てこっちに向かって走ってくる。

 そんなに急がなくても、私がベランダにいるの見えてたでしょ。


 「誕生日おめでとう」と言う為だけに今年もアイツはやってくる。この毎年恒例行事は10年前から続いている。


 私の誕生日8月31日は夏休みだから学校で友達におめでとうと言ってもらえない。それが寂しくて小2の時に誕生日会を企画した。招待状を書いてクラスメイト男女合わせて6人に渡した。手巻き寿司やアイスケーキと、食べ終わった後に遊ぶゲームを用意して待っていた。


 でも来てくれたのはアイツだけだった。他の子達は忘れてた。招待状を渡したのは7月20日頃で1ヶ月以上も間があったし、子供だから忘れてもしょうがない。8月31日なんて翌日の始業式の準備や夏休みの宿題を終わらせるのに忙しいと言われた。


 それから一度も誕生日会なんて開いてないのに、次の年もその次の年もアイツは来た。

 ピンポーンとインターホンを押して私がドアを開けると「誕生日おめでとう」と言って帰ってく。プレゼントや誕生日カードを渡すわけではない。ただ直接言いに来る。それが毎年毎年続いてる。


「明日始業式なんだから学校で言ってくれればいいのに」と伝えても「当日祝ってもらいたいだろ」と言う。


 私が留守だったらどうするんだろう。家族や友達とお祝いに外食してるかもしれないのに。でも毎年この日は家にいる。外は暑くて出かけたくない。


 アイツは直接おめでとうと言うことにこだわって、私がLINEや電話でいいよと言っても聞かない。私に彼氏ができて同棲したり、結婚したらどうするんだろう。それでもかまわず訪問しに来るんだろうか。


 そしてよく人の誕生日を覚えてられる。私なんて家族の誕生日も忘れてしまうのに。どうして毎年覚えているんだろう。


 ピンポーン 


 ドアを開けると息を切らして汗だくのアイツ、岩井君がいた。


「誕生日おめでとう」


「ありがと」


「じゃあ」帰ろうとする岩井君。


「ねえちょっと待って」


「何?」


「来年はもういいよ。大変でしょ。毎年来るの」


「だってお前の誕生日だから」


「覚えててくれてありがとう。でももういいから」強めに言った。


「……」


「何でそんなに人の誕生日覚えてられるの?」


「しょうがないだろ、覚えてるんだから」


 くるっと背を向けて帰ってく。エレベーターを使わずに階段を降りていった。ゆっくりとカツンカツンと足音が聞こえる。暑い中走ってきて疲れたのか、もういいからと言われてショックだったのか、重たい足取りのように聞こえる。


 取り込んだアツアツの布団の上に座った。毎年祝いに来るのは、小2の時に誕生日会を忘れられていた私がそんなにかわいそうだったから? 8月31日が来るとそれを思い出してしまうから?


 岩井君は直接言いに来るけど、誕生日おめでとうのLINEを送ってくれる友達は何人かいる。その時はありがとうと返信するけど、私が相手の誕生日を覚えていなくておめでとうのお返しができないから何年も続かない。


 岩井君ももう私の誕生日は忘れて、早く8月31日から開放されてほしい。


 私は岩井君の誕生日を祝わないのに、どうして私の誕生日を祝うの? お返しに自分の誕生日を祝ってほしいの? 岩井君の誕生日はいつ? 聞いたことなかった。友達の誕生日を聞いても忘れてしまうから。


 どこかに載ってたっけ。文集を押し入れから出して開いてみた。岩井君のページを探す。あった、岩井君の誕生日。


 間に合うだろうか。私は急いでベランダに出て駅を見下ろした。ホームで電車を待ってる岩井君の後ろ姿があった。



「岩井くーーーーーん!」大声で叫んだ。



 振り返る岩井君。



「岩井君、誕生日、おめでとーーーー!」



 岩井君は驚いた顔をした後、大きく手を振ってくれた。



1年後、2020年8月31日。


「誕生日おめでとう」


「ありがとう。岩井君も誕生日おめでとう」


 私と岩井君は今年から一緒に誕生日をお祝いする。


おしまい

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