いつもうるせえ潤瀬君と、いつも静かな音無静花ちゃん

音無おとなしさんはいつも静かねえ。大丈夫? 何か思うことがあったら言うのよ。意見を言うことは大事よ」と担任が言った。


 音無静花おとなししずかはコクンとうなずいた。


「あー! 俺の隣、音無おとなしかよー! こいつしゃべんねーじゃん! 無口な奴の隣になっちまった!」


「……」音無静花おとなししずかは困ったように潤瀬うるせを見つめる。


 くじ引きで席替えをした結果、いつも静かな音無静花おとなししずかの隣は、いつもうるさい潤瀬騒うるせそうになった。


 音無静花おとなししずかは名前の通りおとなしく静かだ。たまにしゃべっても声が小さすぎて聞き取れない。話し相手はその声を聞き取る為に「えっ? 何?」と言いながら自分の耳を音無静花おとなししずかの口元に傾ける。


 反対に潤瀬騒うるせそうは思ったことをすぐに言ってしまってうるさい。ひとり言も大きいのでこの子がいる時はすぐ分かる。





「なあ、音無おとなし! お前頭良いよな! 漢字教えて! これ何て読むんだ?」


「……」音無静花おとなししずかの口がかすかに動く。


「は? 聞こえねえ! 書いて!」


 音無静花おとなししずか潤瀬うるせの教科書にふりがなを振ってあげた。


「おお! ありがとう! やっぱ音無おとなし、頭良いな!」


「……」うれしかったのか口角が上がる音無静花おとなししずか





「なあ、音無おとなしってさあ! よく見ると可愛いよな!」


「……」固まる音無静花おとなししずか


 ヒソヒソ、潤瀬うるせ君はよくああゆうこと平気で言えるよね。しかも大声で。静花しずかちゃん恥ずかしそう、と同級生達の声。





「なあ、音無! 今日の給食のケーキちょうだい!」


「……」音無静花は黙ってケーキを差し出す。


「ダメよ、音無さん! 自分で食べなさい! ケーキ食べれるでしょ? 潤瀬君も音無さんに聞かないの! 音無さんあげちゃうんだからもー!」担任が怒ってる。「断れないタイプなの?」




 二学期の終業式後。

 一人下校する潤瀬。


「あー! 早く帰ってゲームやろうっと!」


 タッタッタッタッ

 足音が聞こえる。


「ん?」振り返った。


 タッタッタッタッ

 音無静花が追いかけて来た。手を振ってる。



「お? どうした?」


「……」潤瀬の忘れ物を渡す。


「あー! ありがとう!」


「……」口がかすかに動いてる。


「えっ? 何? 聞こえないんだけど」音無静花の口元に耳を近づける潤瀬。


「……」何かしゃべっている。


「聞こえない!」


 音無静花は息を吸った。


   「うるせ」


「あっごめん!」耳を離す潤瀬。


「……ううん。名前呼んだの」


「え?」再び音無静花の口元に耳を寄せる。


「……いつも返事しなくてごめん」声をしぼり出す音無静花。


「あー、慣れてるから平気」


「……何て返事するか考えてて……」下を向いてしゃべる音無静花。最後の方は聞こえない。


「返事するの待ってろって?」


「……うん」


「無理だな。それにお前、しゃべっても聞こえない」


「……皆に聞こえるの恥ずかしくて」


「俺全然そういうの気にしねえな」


「……ねえ年賀状書くから住所教えて」


「LINEでよくね?」


「……じゃあ、LINE」


「はいこれID。なくすなよ」


 音無静花はコクンとうなずいた。IDを書いた紙をギュッと握りしめて大事そうに持ち帰る。




 元旦。


 ピヨン♪


「お、音無からだ」


 あけましておめでとう。今年もよろしくね。とメッセージと花の絵の写真が送られてきた。


「あいつ絵うまかったな。自分で描いたのか? 何の花だろ」


あけおめ。この花何? かわいい、と送った。


風鈴草ふうりんそうだよ、と返事がきた。





「母ちゃん、風鈴草って知ってる?」


「風鈴草? かわいい花よねえ。釣り鐘形で。大きい鈴蘭みたいな。知ってるけど、何で?」


「さっき女子からLINEで絵が送られてきた」


「ふーん。ま、深い意味ないと思うけど……」


「何?」


「風鈴草の花言葉は『うるさい』」


「ひっでえな。あいつ」


「あとね『感謝』と『真剣な恋』」


「ええ? あいつ俺のこと好きなの?」


「さあねえ〜」


「……」


「あらあら、静かになっちゃって。可愛いわねえ」


「うるせー!」





 冬休みが終わって始業式。


「なあ、静花!」


「……」音無静花は潤瀬を見つめる。


 ヒソヒソ、潤瀬の奴なんで静花って呼んだんだろ。静花ちゃん、あんな大きな声で呼ばれて恥ずかしそうとクラスの子達の声が聞こえる。


「これ! やるよ!」

 潤瀬は写真を渡した。


「……」音無静花は両手で持ってじっと写真を見つめる。


細い枝に小さな花がたくさん咲いてるユキヤナギの写真。


「可愛いだろ! 静花に似てると思って!」


「……」潤瀬を見つめる音無静花。


「花言葉は『愛らしさ』と『静かな思い』ってんだ!」


「……」音無静花のほっぺがほんのり赤くなる。


「な! ぴったりだろ!」


「……」口をキュッと結んでトントンと潤瀬の肩を叩く。


「あ? 何?」


顔を近づけて潤瀬の耳元でささやく。


   「うるせえ」


「あっ! ごめんっ!」


「……でも……ありがと」音無静花は、はにかんだ笑顔を見せた。





 ヒソヒソ。あの二人、真ん中の一番前の席でイチャつかないでほしいよね。早く席替えしてほしい、とクラスの皆はうんざりしていた。




 終


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