『ゆきうさぎ』

山本アヒコ

ゆきうさぎ

 遠い国の草原に一匹のうさぎがいました。


 うさぎは赤い目と長い耳と真っ白な毛皮を持っています。しかしこの草原には、真っ白な毛皮を持つうさぎは一匹しかいませんでした。




 草原で何匹もうさぎたちが跳ねて遊んでいたり、草を食べて寝転んだりしています。


 うさぎは二種類いました。茶色のうさぎと黒色のうさぎです。




「ねえ。ぼくもいっしょに遊んでいい?」




 茶色のうさぎと黒色のうさぎたちが振り向くと、そこには真っ白なうさぎ。




「だめだよ。きみはぼくたちとは違うから」


「そんな色のうさぎは見たことない」




 真っ白なうさぎは何度も頼みましたが、誰も仲間にいれてくれませんでした。


 真っ白なうさぎはどうすれば一緒に遊んでくれるのか、仲間に入れてくれるのか必死で考えました。




「そうだ。毛皮の色をみんなと同じにすればいいんだ」




 真っ白なうさぎは沼に飛び込んで、体を泥だらけにしました。




「これでぼくは茶色のうさぎだ」




 泥だらけのうさぎはもう一度うさぎたちが集まる草原へ行きました。




「ねえ。ぼくもいっしょに遊んでいい?」




 しかし、うさぎたちはこう言いました。




「だめだよ。だってきみは鼻が曲がりそうなほどくさいから」


「それは毛皮じゃないね。泥だよ」




 沼の泥はまるで果物が腐ったようなにおいでした。そのせいで彼が茶色のうさぎではないと見破られてしまったのです。




「どうすればいいんだろう?」




 真っ白なうさぎは川で体の泥を洗い流すと、もう一度うさぎたちと仲良くなる方法を考えました。




「そうだ。同じ色の毛皮を着ればいいんだ」




 真っ白なうさぎは地面に落ちている茶色と黒色のうさぎの毛を集めはじめました。


 集めた毛を編むと、それは真っ白なうさぎの新しい毛皮になりました。


 真っ白なうさぎはそれを着ると、うさぎたちが集まる草原へ向かいます。




「ねえ。ぼくもいっしょに遊んでいい?」




 しかし、うさぎたちはこう言いました。




「だめだよ。だってきみは斑模様の毛皮じゃないか。そんなの見たことないよ」


「ああ。これはぼくたちの毛を編んでるんだね」




 真っ白なうさぎが編んだ毛皮は、茶色と黒色の毛が混ざっていて斑模様になってしまっていたのです。




「どうすればいいんだろう?」




 真っ白なうさぎは考えました。しかしどれだけ考えても何も思いつきませんでした。


 うんうん頭を抱えて唸っていた真っ白なうさぎが顔をあげると、遠くに山が見えました。


 それはとても高い山で、雲に頂上が届きそうなほどです。




「ぼくと同じ色だ」




 その山はうさぎと同じ真っ白な色をしていました。




「あそこにはぼくと同じ色のうさぎがいるかもしれない」




 真っ白なうさぎは真っ白な山を目指して駆け出しました。


 しかし真っ白な山はとても遠く、そして近づいていくほどどんどん寒くなってきます。


 真っ白なうさぎは疲れと寒さに震えながら、それでも真っ白な山を目指しました。




 真っ白なうさぎはなんとか真っ白な山へたどり着きました。




「ああ。やっとついた」




 しかし真っ白なうさぎの疲れは限界で、なんと倒れてしまいました。


 このまま真っ白なうさぎは死んでしまうのかと思われたとき、何かが近づいてきました。




「うわあ。真っ白だ。ゆきうさぎだ」




 それは小さな女の子です。


 女の子は真っ白なうさぎを抱きかかえると、急いで走り去りました。




「あれ? ここはどこだろう?」




 真っ白なうさぎが目を覚ますと、そこは家の中でした。


 しかし真っ白なうさぎは家を見たことも無ければ、中に入ったこともありません。なのでここがどこか全くわからず、ただまわりを見て不思議そうに目をぱちぱちさせるだけでした。




「あっ。ゆきうさぎが目を覚ました」




 真っ白なうさぎは声が聞こえたほうへ顔を向けます。


 そこには真っ白なうさぎを助けた女の子がいました。


 しかしそのとき真っ白なうさぎは倒れていたので、女の子が誰かわかりません。




「ゆきうさぎ、おなかへってない?」




 女の子は葉っぱのような野菜を真っ白なうさぎの口もとへ持ってきました。


 ずっと走っていた真っ白なうさぎはお腹がへっていました。なのでその葉っぱをかりかりと食べました。


 それを見た女の子は嬉しそうに笑うのでした。




「遊ぼう、ゆきうさぎ」




 真っ白なうさぎは女の子の家に住むことになりました。


 女の子は毎日真っ白なうさぎを遊びにさそいます。


 真っ白なうさぎは誰かと一緒に遊ぶのが初めてなので、嬉しくてしょうがありませんでした。




「おはようございます。ゆきうさぎ様」




 遊んでいると村の大人が、真っ白なうさぎにそう言ってあいさつをしました。それは村の大人たち全員ともで、腰の曲がったお婆さんのなかには手を合わせて拝む人もいます。


 真っ白なうさぎは村の大人たちがそんなことをするのが不思議でした。




「ゆきうさぎは雪山の神様なんだって。だから大切にしなきゃいけないの」




 女の子はそう説明しましたが、真っ白なうさぎは自分がゆきうさぎなのかどうかわかりません。でも女の子が遊んでくれるので自分はゆきうさぎなんだと思うことにしました。




 強い吹雪が何日も続いてやっと晴れたある日、真っ白なうさぎはまわりがいつもと違う気がしました。


 でもいつもどおり外は雪で真っ白で、女の子もいつもと同じ笑顔です。


 真っ白なうさぎは首をひねりました。




「どうしたの?」




 女の子はそんな真っ白なうさぎを見て、不思議そうな顔をしていました。


 そのときです。遠くで大きな音がしました。そして地面が揺れはじめます。




「なんだろう?」




 音は山の上から聞こえてきます。


 しかし遠くてわかりません。


 すると村の大人たちが大声で叫びました。




「雪崩だー!」


「はやく逃げろー!」




 女の子は真っ白なうさぎを抱きかかえると、慌てて逃げました。


 村人たちは大騒ぎです。


 誰かは子供を抱えて、誰かは老人を荷車に乗せて逃げようとしていました。


 そうこうしているうちに、雪崩はすぐ近くまできていました。


 それはこの小さな村ぜんぶを飲み込むほどの大きさです。


 逃げるのが無理だとわかってしまった村人たちはみんな地面に座り込んでしまいました。


 それは女の子も同じです。




「たすけて」




 女の子がそうつぶやくと、真っ白なうさぎは腕の中からぴょんと跳ねて地面へ飛び降りました。




「ゆきうさぎ?」




 真っ白なうさぎは女の子へこくんと頷くと、雪崩へ向かって走り出しました。




 真っ白なうさぎは思います。


 女の子はぼくをゆきうさぎだと言っていた。ゆきうさぎは雪山の神様とも言っていた。だからぼくがみんなを守るのだ。




 真っ白なうさぎの体がどんどん大きくなっていきます。


 いいえ。それは違いました。真っ白なうさぎが大きくなったのではなく、まわりの雪が集まってきていたのです。


 それはあっというまに小さな山ほどの大きさになりました。




 村を飲み込もうとしていた雪崩はその雪山にぶつかりました。


 しかし雪山はびくともしません。


 雪崩は雪山を避けるように二つに別れ、村の左右を流れていった。




 しばらく呆然としていた村人たちでしたが、助かったことに気が付くと喜びの歓声をあげました。


 でも女の子は心配した顔で雪山を見ています。




「ゆきうさぎ」




 雪山からぽこんと真っ白なうさぎの顔が突き出ました。


 真っ白なうさぎはなんとか雪山から出ようと必死に動いています。


 女の子は急いで駆け寄ると、真っ白なうさぎの耳をつかんで引っ張りました。




「うんしょ、うんしょ」




 すると勢いよく真っ白なうさぎが引き抜けました。


 女の子は足をすべらせて尻もちをついてしまいます。そのとき耳をはなしてしまって、真っ白なうさぎは女の子の胸の上にぽてんと落ちました。


 女の子と真っ白なうさぎは不思議そうに見つめあいます。そして女の子はゆっくりと笑顔になると、思いっきり真っ白なうさぎを抱きしめました。


 真っ白なうさぎは苦しそうに、だけど嬉しそうに何度もまばたきするのでした。




 こうして真っ白なうさぎは、ゆきうさぎになったのです。






  『地方童話集1』より

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