星屑店
宇佐美ときは
記憶
商店街の路地裏に、ひっそりと立っている小さな建物。
木造建築のちょっとおしゃれなそのお店には『星屑店』という文字が。
すこし不思議なこの店に、一人のお客様が誘い込まれます。
迎えるは、扉に付けられた宇宙の色した鈴。
チリン、チリリン。
音を聞き、カウンターから顔を出すのは店の主――私です。
いらっしゃいませ。ようこそ、星屑店へ。
今日のお客様は……おや、これは珍しい。どうやら、幼き少女が迷い込んでしまったようです。
見た目からしてまだ小学校に上がったばかりでしょうか。真新しい赤いランドセルが大きく見えます。
こんな幼い子が一体この店に何の用なのでしょう。何かを探しているようですが……声をかけてみましょうか。
お嬢さん、何かお探しですか?
「あれ、お兄さん、お店の人?」
ええ、そうです。ここの店主の
お嬢さんのお名前は?
「由希奈。みんなはゆきって呼ぶよ」
ゆきさんですか。可愛らしい名前ですね。
それでは、ゆきさん。貴方が探しているものを聞いてもよろしいですか?
ここは星屑店。数えられないくらい様々なものが売っているなんでも屋です。欲しいものがあって訪れたのでしょう?
「うん……でもね、ちゃんとはわからないの」
ふむ? わからない、とは?
「あのね、綺麗なものなの。綺麗なんだけど、どんなだったのか思い出せないの」
なるほど。
頭というより心が欲してる物、というのがあるのですね。それはまた難しい捜し物ですね。どんなものか思い出せない、ですか。ふむ。
「だからね、ここで色んな物見てたら思い出すかなって思ったんだけど……」
眉を下げて周りを見渡す彼女。その目に入るのは入り口近くにあるたくさんの本たち。
ここに綺麗なものはありませんね。少し奥に行くとしましょう。さ、こちらです。
棚と棚の間を抜けて狭い通路を奥へと進むと少し広がった場所に出ます。その広場のような場所に来ると、ゆきさんは思わずと言った様子で声を上げてくれました。
すごいでしょう? ここには、人々が綺麗と称されるものを置いているのです。
ビー玉、ビーズといった小さなものから、宝石、指輪、ネックレス。金平糖、蛍、クラゲなど人によって綺麗に見えたり見えなかったりするもの。中には雪の結晶、星の欠片、月光などもあります。
淡く光を放ち、カラフルに彩られたこの空間は、私自身も気に入っている場所です。
さて、ゆきさんが求める綺麗なものというのは、この場所にあるのでしょうか? 何か、手掛かりになるものが見つかるといいのですが。
ゆきさんは目を輝かせながら気になったものを手に取って眺めます。開いたまま閉じられなくなってしまった口が何とも可愛らしい。
しかし……しばらくしてもその表情は驚きのままでした。これだ、と思うものは見つけられないようです。
いつしか彼女は手に取るのをやめ、眺めるだけになってしまいました。小首を傾げます。
「綺麗だけど、なんか違う気がする」
ふむ、単純に綺麗に見えるものではないようですね。
それを見たときのゆきさんの心情を知る必要があるようです。
さて、しかし。彼女にそれを説明することが出来るでしょうか? せめて、どこで見たものなのかわかればいいのですが。そう、例えば……。
ゆきさん、その綺麗なものは家の中で見たのか、外で見たのかは覚えていますか?
「んー、多分、外だったと思う」
それは一人で見たのですか? きょうだいとか、お友達と一緒にということは?
「ううん、ゆき一人っ子だもん。友達もないよ、あんまり遠くにお出かけしないし……あ!」
どうしました?
「そーだ! 外で見たんだよ! その綺麗なものね、どっか遠くにお出かけしたときに見たの!」
ほう、遠くに。それは家族とでしょうか?
「うん。お母さんとお父さんと一緒に。でも……」
見上げていた小さな顔が下を向いてしまいました。
どうしたのでしょう?
しゃがんで目線を合わせると、彼女は酷く悲しそうな顔を私に向けます。
「お母さんとお父さんには聞けないんだ」
聞けない?
私の問いかけにゆきさんは俯き、何かを堪えるように口を結んでしまいます。
ゆきさんがそこで何を見たのか。それがわかればゆきさんの望むものも見えてくるかと思ったのですが……そう簡単にはいかないようですね。むしろ、それが出来ないから彼女はここに来たと言ってもいいのかもしれません。
もう少し話を聞きたいところです。が、こうして待っていても彼女は口を開いてはくれないでしょう。少し、リラックスしてもらいましょうか。
ゆきさん、そのような思いつめた顔は貴方には似合いませんよ。急いで思い出す必要はありません。帰るまでにまだ時間はあるのでしょう?
「あ、うん……五時までに、って言われてるから……」
五時まで。あと二時間はありますね。それでは、まずはおやつにしましょうか。
パッと顔を上げたゆきさんの瞳は、再び光を取り戻していました。ふふ、おやつに反応したようです。
そんな彼女の手を引き、私は店の窓際へと行きました。またしても開けた場所があり、そこには円型のテーブルと丸椅子が置かれています。
たまに訪れる友人とお茶をしている場所です。こうしてお客様を招くことも多々ありますね。
ゆきさんに椅子に座ってもらい、ジュースとクッキーを用意しました。
さあ、よければ食べていってください。
「わあ! ありがとう! いただきます」
丁寧に手を合わせると、ゆきさんは一口食べ、幸せそうに微笑みました。
それから私たちは、たわいもない話に華を咲かせました。
ゆきさんの学校のこと、お友達や先生の話、たくさんの言葉を聞きました。彼女から紡がれるその声音は本当に楽しそうで、止まることはなかなかありません。まるで、ずっと誰かに話したくてたまらなかったかのように感じられました。
誰にも、このような話はしていないのでしょうか。
そのような事を聞くと、ゆきさんは寂しそうに頷きます。
「うん、友達には学校でしか会えないし、お母さんは聞いてくれないから……」
お仕事が忙しいのですか?
「ううん、帰って来るのは早いの。夜はお外に出たくないんだって。話聞いてくれないのは……ゆきのことが嫌いだから……」
ゆきさんのことが? どうして。
お母さんは、そのような事を言ったのですか?
「言ってないけど……でも、ゆきを見ると怖い顔するの。それでね、お父さんがいないのは、ゆきのせいだって」
お父さんがいなく、それがゆきさんのせい、ですか。これは、何かありそうですね。
しかし、お父さんが家を出て行ってしまったのか、それとももう亡くなっているのかをこの幼い少女に聞くのは憚られます。
ですが話を聞いていると、ゆきさんが欲しがっているものはゆきさん自身というよりも、家族のためのもののような気がしてきますね。先ほども家族で見たものと言っていましたし。
ゆきさん。その、ゆきさんが探しているものというのは、今のお母さんと深く関係のあるものではありませんか?
「深く、関係のあるもの……?」
例えば、お母さんも欲しがっているものとか。
「それは、わかんないけど……でもね、その綺麗なものを見てた時、お母さん笑ってた気がするの」
ふむ。
その時、ゆきさんも笑っていましたか?
「うん、お母さんが笑ってたから。だからね、あの時の綺麗なの見せれば、笑ってくれるかなって」
言いながら、ゆきさんは考え込むように目を伏せてしまいます。思い出せなくてなのか、それともお母さんのことを考えてなのか、その顔は泣きそうに歪んでしまっていました。
ゆきさんは、お母さんのことが大好きなのですね。
「うん、大好き。お母さんが苦しそうなのはやだ」
優しいのですね。
「違うの……好きになってほしいの。もしゆきが怒らせちゃってたら謝りたいの……」
そう、ですか。
何故このような健気な子が嫌われてしまっているのか不思議でなりませんね。
お母さんはいつからそのようになってしまったのでしょう。
ゆきさんが家族とその綺麗なものを見に行った時は嫌われていなかったのですよね?
「うん、だと思う。だって抱っこしてくれたもん」
では、その後にお母さんが笑ったのは見たことありますか?
「その後……ない、かも? うー、なんかね、あの時のことあんまり覚えてないの」
覚えているのは?
「綺麗だったことと、楽しかったことと……あとは、あとは……」
ああ、すみません。焦らないで。泣かせるつもりはなかったのです……ゆきさん、大丈夫ですか?
「みどりさんどうしよう。あの時、ゆきなんかしちゃったのかな。あのね、あの日からお父さんがいないの……」
お父さんが?
「お母さんが、泣いてたの。怖い顔して、ゆき見てた。あなたのせいって……」
ああ、ゆきさん。落ち着いてください。ほら、ゆっくり深呼吸して。
無理に思い出さなくて大丈夫です。おそらくそれは、ゆきさんにとって酷く辛い出来事だったのでしょう。忘れてしまうほどの。
大丈夫、大丈夫ですよ。わたしはここにいます。ほら、手を握って。
お母さんは、きっと何か理由があって怖くなってるだけですよ。でも大丈夫。ゆきさんがこんなにもお母さんのことを想っているのですから。絶対、あなたとお母さんは元に戻れます。また笑い合うことができます。
だから、そうですね。今はいっぱい泣いてください。泣くのも我慢していたのでしょう? 私の胸も、お貸ししますから。
まるでしがみつくかのように必死に抱きつく小さな身体は、とても弱々しくて。これ以上壊すまいと、私は力む身体を落ち着かせるようにその背中を撫で続けました。
さて。
ゆきさんたちが望んでいるもの、それを用意しなければなりませんね。
この涙を、温かなものにするために。
ゆきさんの話を聞いていて、私には一つ、思い当たるものがありました。
それは半年前に読んだ新聞記事の内容です。
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