がらんどう

第1話 忌々しい

 


 


 ぼくは、ねこだ。


 


 


 お日様がサンサンと照りつけている日に、段ボールに入れて捨てられた。




 どしゃぶりの雨に散々な気持ちになっている日に、段ボールごと拾われた。




 拾ってくれたのは、黄色いカッパを着たかのじょ。




 赤い長靴が良く似合う。




 腕の中で抱かれたぼくが見上げたピンク色の傘は、クルクル回っていて楽しかった。




 ぼくは、照りつける太陽もどしゃぶりの雨も嫌いだったけど、この日の雨はスゴく好きだった。




 雨音。ずっと続く雨音。




 かのじょの、長靴が水溜まりを駆け抜ける音。






 ぴちゃ、ぱちゃ、ぴちゃ、ぱちゃ。






 雨に濡れて冷たかったぼくの身体は、かのじょの腕の中で次第に熱を取り戻した。






 かのじょは、あたたかい。




 はぁはぁ、と息が零れる。






 がっちゃん、ばたん。




 そのねこは、どうしたの?




 あめのなか、かわいそうだからつれてきたの。










 ぼくは、ねこだ。








 なまえは、わからない。


 


 


 ある日、空を見上げてたらかれがやってきた。


 


 


 窓の向こうに写る黒猫、それがかれだ。






 あんな、いまいましいたいようがあるそらなんてみあげてなにがたのしいんだ?




 ぼくは、そらにいってみたいんだ。




 あんな、いまいましいとりたちのようにか?




 とり?




 おまえがすきなそらを、わがものがおでとびまわってる、あれさ。




 あれは、とりというんだね。だったら、ぼくはとりになりたい。




 おまえは、ねこじゃないか。




 きみも、ねこだろ。




 そうだ、ねこだ。ねこのなにがわるい?




 ねこじゃ、そらにいれない。




 あんな、いまいましいそらにいたってたのしくないぞ。




 たのしくないのかい?




 すぐに、いまいましいくもにのけものにされてしまう。




 のけものは、いやだな。




 すぐに、いまいましいあめにびしょぬれにされてしまう。




 びしょぬれも、いやだな。




 な、そらなんていまいましいだけだ。




 でも、そらにはごしゅじんさまがいるんだ。




 そらに?




 そう、そらに。




 ふぅん。




 ところで、いまいましいってなんだい?






 殺したい、っていみさ。






 そう言うと、かれは居なくなった。



 


 


 ごほ、ごほ。ごほ、ごほ。


 


 


 かのじょの咳がとまらない。






 ぼくを拾ってくれてから、ずっとかのじょの咳がとまらない。






 だいじょうぶかい。




 だいじょうぶだよ、ぱぱ。




 すぐにびょういん、いこうな。




 また、びょういんにいかなくちゃいけないの?




 びょういんにいって、はやくよくしないといけないだろ?




 わたし、びょういんきらい。




 わがまま、いうんじゃない。






 ごほ、ごほ。ごほ、ごほ。






 かのじょ、大丈夫かな。




 ぼくに、できることないかな。








 何だ、まだいたのか。出ていけ、この忌々しい黒猫め。




 やめて、ぱぱ。ねこちゃんわるくないもん。




 コイツを拾ってきてから、お前の病気が悪化したんじゃないか。




 ちがうもん。ねこちゃんはわるくないもん。ねこちゃんは、すてられてたんだよ。ねこちゃんは、かわいそうなんだよ。






 あんな雨の中、こんな黒猫拾ってくるからお前の病気が悪化したんじゃないか。我が儘ばかり言うんじゃない!






 ばちん。






 ごほ、ごほ。ごほ、ごほ。




 ばちん。






 パパは、お前の為に!










 ばちん。



 


 


 やぁ、黒猫くん。






 きみも、黒猫じゃないか。




 それは、そうだろう。




 なんの、ようだい?




 どこに、いくんだい?






 ぼくは、いまいましいらしいからとおくにいくのさ。




 かのじょにいわれたの?




 いいや、ちがうよ。でもかのじょのためなんだ。




 かのじょのため?




 ぼくが、そばにいちゃいけないのさ。




 なんでいけないの?




 ぼくがいたら、かのじょもそらにいっちゃうからね。




 そらに、いきたいんだろ?




 ぼくは、ね。




 かのじょは、ちがうのかい?




 わからないよ。でも、ぼくはかのじょにいってほしいわけじゃない。




 きみが、のぞむのぞまないにしろかのじょがえらんだんだろ。




 なにをいってるんだい?




 きみは、そういうねこじゃないか。




 そういうねこってなんだい?




 かのじょのままは、そらにいるんだって。




 かのじょのままも、そらにいるのか。




 だから、かのじょはきみをひろったんだよ。




 だから、それどういういみだい?




 きみは、忌々しいね、まったく。




 ああ、それならなんとなくわかる。ぼくはほんとうに、忌々しい、や。










 ぼくは、ねこだ。






 なまえは、まだない。






 これからも、ない。









『がらんどう』、完

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