醜い
遅歩
醜い
君にはなにが視える?
なにが映る?
同級生から興味本位の質問。
単なる好奇心。
その好奇心が私を苦しめる。
真っ暗な世界しか知らない私には、彼らがなにに視えるだろうか?
否、この表現は正しくないね。
盲目の私に彼らがなにに視えるかなんて皮肉にもならない。
彼らはきっと
だってそうでしょう?
みたこともないものを醜いと決め付ける、これ以上とない理由。
だから彼らを醜いと思っている私は誰よりも醜い。
「君は目が視えないのかい?」
何度目の質問だろうか。
この質問に対する回答を機械的に返す。
「生まれた時からなので慣れています」
「……へぇー、そりゃ良かったね」
耳を疑った。こんな返しは初めてだった。
きっと今までの誰よりも醜い人なのだろう。
そんな彼でも、やはり私の次に醜い。
それ以来、彼は何かと私に付き纏う。
もちろん了承した憶えはないし、彼は嫌いだ。
最初が肝心なんてよく言ったものである。
「なんで付き纏うんですか。鬱陶しいです」
彼は言う。
目が視えないんだったら、俺が君の目になるよ。
あぁ嫌だ、気持ち悪い、醜い。
彼が? いいえ、私が。
善意に対して嫌悪感でしか返せない私が醜い。
彼と居ると狂いそうになる。
そんな私の心情を無視して帰路に彼はついてくる。
「ほら、コレが今人気のぬいぐるみだよ」
「ほら」とか「コレが」なんて言われても困る。
付き纏うクセにこういうところは気が利かない。
「……わからないから」
苛立ち混じりに呟く。
彼はお構いなしに、初めから成り立っていない会話を続ける。
色は薄い茶色。
大きいリボンが付いている。
毛並みはふわふわ?している。
彼なりに気遣っているのだろうか? だとしても色はやめて欲しい。
茶色なんてその言葉自体の知識しかない。
毛並みにいたっては疑問系。
「色は言わなくていい。どうせ一緒だから」
彼は笑う、一緒なものか、と。
「自身が理解できないものを全て一緒にしてはいけないよ」
彼の口からはこうして説教じみた言葉が時折でる。
私の苦しみを理解出来ないクセに偉そうに。
そして駅に着く。
いつものように改札を抜ける為、手探りで電子カードのタッチ部分を探す。
場所によっては駅員が居て、手助けをしてくれるのだがここには居ない。
「もうちょい下……あ、下行き過ぎた。少し上……」
五月蝿い。
彼はこうして私を声で誘導する。
彼は手助けするものの目以外の事に関しては絶対に直接関与しない。
自分で出来ることは自分でやれ、なんて説教が趣味のような彼なら言いそうだ。
なんとか改札を抜けると後ろから大きな声が聞こえる。
また明日、彼とはここで決まって別れる。
◇
「ナイト、こっちは?」
「あー、黒っぽい……青?」
彼の名前は
ナイトとは彼が学校で呼ばれているあだ名である。
――どれくらい経ってからだろう?
彼の説教は相変わらずだが、それが嫌じゃなくなったのは。
最初は鬱陶しかった彼の親切も今じゃそんなに嫌じゃない。
寧ろ彼が教えてくれる景色、モノや色は、私に今まで感じたことのない感情を与えてくれた。
これは? こっちは? 私から尋ねることも日常になった。
文字通り彼は私の目となってくれた。
彼と居ると、これまで一緒だったものが全て違ってみえる。
盲目の私が違ってみえるなんておかしな事だと思うけれど、本当にそう思う。
そんな私たちを見て、周りからはお似合いと茶化される。
彼は、私をどう思っているのだろうか。
正直にいうとお似合いと言われて喜んでいる私がいる。
私は彼を好いている。
私は彼が教えてくれる色や景色に興味があるのではなく、彼が視ているモノに興味があるのだ。
彼がどんなものを視ているのか、そんな事を考えていると愛おしくて堪らない。
変だろうか? 彼が笑うだけでその笑顔がどんな表情なのか想像してしまう。
可笑しいだろうか? 彼が視ているモノを盲目の私が視てみたいなんて。
恋は盲目という言葉、言い得て妙である。
「誕生日もうすぐだろ? 前に話した人気のぬいぐるみ、買ってやろうか?」
「でもそのクマ、ブサイクなんでしょ? いらないって」
「いや、俺はそう思うけど……お前から見たら可愛いかも知れないだろ?」
「だーかーら、見えないってば!」
楽しくて仕方ない。
彼とずっと一緒にいたい。
駄目だ、感情が抑えられない。
「でも聞いた話じゃ目の高さと鼻の位置でイケメンかブサイクかわかるんだぞ」
「え……イケメンって……あのクマ雄だったんだ……」
「……らしい」
話題のぬいぐるみが置いてあるお店を過ぎる。
もうすぐ駅に着いてしまう。
「ん、急に立ち止まって……どうした?」
私は歩みを止めてしまった。
この彼への思いを伝えたい。
これから先も貴方の隣にいたい、そう彼に伝えた。
長い沈黙が訪れる。
ああ、彼はどんな表情なのだろうか。
きっと困った表情に違いない。
視えなくてもわかる。
私は彼の重荷にしかならない。
私はどうも彼の厚意を勘違いしてしまっている。
「ありがとう……でもちょっとだけ待って欲しい」
「え、それって……」
私は困惑を隠しきれない。
「……告白は男からするもんだろ。だから告白する準備を俺にくれないか?」
「え? どういう……」
晴れて恋人同士、ではあるのだろうか?
「いいか? 俺がどれくらい大事に想っているか、みせてやる」
「だからみえないんだってば!」
笑いと涙がこみ上げる。
「あっ……」
涙を拭う際に持っていた白杖を落としてしまった。
「なにやってんだ……右足のとこに落ちてるぞ」
「もう、拾ってくれてもいいじゃん!」
「……甘えるんじゃないぞー」
「もういいですー。自分で拾いましたから」
「おう、えらいえらい。駅まで送るよ、今日はもう帰ろう」
彼と再び駅に向け歩みだす。
「ねえ、1個訊いてもいい?」
私は彼と最初に交わした言葉がずっと気になっていた。
「へぇーそりゃ良かったねってどういう意味?」
私が人生で初めて言われたその言葉。
あれは何が良かったね、だったのか。
何の事か忘れてしまっていた彼に思い出させる。
「んー……目が視えない事に関してお前が悲観してなかったから、かな」
だから彼は私に対して目が視えないことを可哀想で済まさなかったのだろう。
私が機械的に返した慣れてますを彼なりに汲み取った結果がそりゃ良かったねなのだと。
答えが訊けたところで駅についてしまった。
「また明日」
お互いに同じ言葉で別れを告げる。
◇
――また明日
他愛もなく交わしたその明日がやってきた。
どれだけその明日をベッドの中で待ち望んだものか。
学校に登校し、自身のクラスへ向かう途中だった。
階段の前に人だかりが出来ているようで通れない。
「救急車はまだこないのか!」
先生と思われる男性の声が廊下に響き渡る。
病人だろうか?先生の声色から察するに意識がないのだろうか? 慌てている。
私は後ずさりをした際に何かを踏んだ。
拾い上げてみるとごわごわしている。
ぬいぐるみだろうか?
「おい、ナイトの奴どうしたんだよ!」
「ッ!」
ナイト。
私はこのあだ名で呼ばれている人物を知っている。
「ねえ、倒れているのって内藤君なの?」
「う、うん」
近くにいる同級生に状況を尋ねる。
なんでも階段から転がり落ち、頭を強く打ったようで意識がないそうだ。
十五分ほど経ってから救急車が到着した。
◇
内藤英治 享年十七歳。死因は頭部の強い衝撃による脳震盪。
私の前から彼はいなくなってしまった。
彼のお葬式でのことだった。
参列した親族やクラスメイトの話を聞いた。
4。この数字は私が知らなかった真実の数。
1つ。ナイトと呼ばれていたあだ名。これは内藤の苗字から呼ばれていたのではなく、騎士の意味であるナイトのことであった。
その由来はお姫様を守る騎士のようであったから。
2つ。彼は顔、体と痣だらけだったそうだ。
視えない私は知らなかった。
3つ。私の目が視えない事をいいことにクラスメイトにからかわれていたこと。
私の顔の前で中指を立てたり、変顔をしたり、とそんなところだろう。
視えない私は知らなかった。
これら3つの真実であの日起きた出来事を振り返る。
事の顛末はこうだ。
ナイトこと内藤英治が学校に登校した。
そして鞄に入っていたぬいぐるみがクラスメイトにみられ、取り上げられる。
「おいナイト?これ誰にあげんだよ?」
「おいおい、お姫様に決まってんだろ?騎士様だもんな!」
笑いが起こる教室。
「……返せよ」
「あれ?怒っちゃった?」
「じゃあ騎士様の手で取り返さないとな!」
ほらほら、と内藤の顔の前にぬいぐるみを差し出す。
そしてぬいぐるみをボールに見立て教室でキャッチボールが行われる。
ただ見守る内藤に飽きた生徒がぬいぐるみを持って廊下に逃走。
その後を追う。
あとは簡単。
廊下で揉み合いになるうちに階段から転がり落ちた。
ただそれだけ。
彼が痣だらけだったのは私をからかっていた生徒と喧嘩をしていたから。
彼がナイトと呼ばれていたのは私をそういった生徒たちから守っていたから。
だから彼は私に付き纏った。
――私を守るために。
だが何故だろう?
彼の目の前にぬいぐるみが差し出されても奪い返さない。
ぬいぐるみがキャッチボールのように投げられていた時もそうだ。
なぜ奪わなかったのか。
奪い返すチャンスはあっただろうに。
そして最後の真実。
4つ。彼、内藤 英治には両腕が無かった。
視えない私は知らなかった。
ぬいぐるみを奪わなかったのではない。
奪えなかったのだ。
階段から転がり落ちた際も両腕がない彼は受身のしようがない。
この4つ目の真実に私はこれまでの彼の行動をようやく……理解した。
彼がぬいぐるみの感触を疑問系で答えたこと。
私が告白した時、落としてしまった白杖を拾い上げてくれなかったこと。
思えば可笑しい話だ。
手を繋ぐはもちろん、彼から物を渡された記憶がない。
手助けをしてくれなかった?
至極当然、彼には手が無いのだから。
クラスメイトが茶化していたお似合いという言葉。
これは何か欠けている者同士お似合いということ。
皮肉以外のなにものでもないこの言葉を、私は素直に喜んでいた。
◇
こんな事になってしまった人生が。
視えていれば起こらなかったこと。
私が盲目じゃなければ起こらなかったこと。
彼を殺したクラスメイトも何も知らなかった私自身も。
絶望。
私の真っ暗な世界がその言葉を体現している。
私にできることは何もない。
なにも視えない私が、ただただ醜い。
もう疲れてしまった。
目を閉じていなくても真っ暗な世界。
私はゆっくりと目を閉じる。
あぁ、そうだ。
彼は一つ間違っていた。
ぬいぐるみの感触はふわふわではなく、ごわごわだったよ英治。
◇
君にはなにが視える?
――私には絶望がみえる。
なにが映る?
――真っ暗な世界。
真っ暗な世界しか知らない私には、彼らがなにに視えるだろうか?
――
否、この表現は正しくないね。
盲目の私に彼らがなににみえるかなんて皮肉にもならない。
彼らはきっと醜い。
人間はきっと醜い。
それが視えない私はもっと醜い。
だってそうでしょう?
みたこともないものを醜いと決め付ける。
これ以上とない理由。
だから彼らを醜いと思っている私は誰よりも醜い。
醜い 遅歩 @BeJohn
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