同棲の一人暮らし
白瀬シキ
1.
『今年のお盆こそ帰ってくるでしょう?』
「帰るわけねぇじゃん」
息が止まりそうになるほど蒸し暑い歪んだ世界はたった七日の命さえも許さないようで、今日も変わらず人間だけが煩い世界が続いている。夏の代名詞とも言える蝉の主張は弱々しかった。
『あんた、年末だって、去年のお盆だって帰ってこなかったじゃないの』
ハンガーに掛かったシャツに袖を通す。
『少しくらいばあちゃんに悪いと思わないのかい!』
「朝からキーキーうるせーよ」
枕の隣に置かれた時計の針は仲良く六を過ぎたところを指している。
『ばあちゃんだってあんたに会いたいに決まってる』
「はっ、死んだ人間に会いたいもクソもないだろ」
冷蔵庫から取り出された牛乳がグラスに注がれる。
『あんたねえ、言って良いことと悪いことくらいわかるだろ!』
「あんたこそいつからそんなこと気にするようになったんだよ」
耳と肩で挟んだスマホはじっとりとして気持ちが悪い。
「バチが当たっても知らないからね!」
「ともかく俺は帰らない。忙しいんだよ」
電話を切ると通知が来ていた。メッセージが一件。
【課題終わんない、頼む助けて】
「提出は来週だろ」
ただ一文字、「w」と送りつける。何があっても家には帰らない。あの家には絶対。
大学に進学したと同時に田舎から出てきた。貧乏人には都会の生活は厳しい。けれど、一度でも田舎に戻ったら負けな気がした。
「こんなもんかな」
ようやく荷ほどきが一段落した部屋を見渡す。節約のために親に言わずに格安物件に引っ越した。都内のワンルーム、バス・トイレ付で家賃は月二万円。そこそこ古びた建物だけれど室内はリフォームしたばかりで綺麗だ。
『出るんですよ、ここ』
不動産のお兄さんはこの物件に目を輝かせたときにそう言ってきた。話を聞いてみると、かつてここで殺人事件があったらしい。その後リフォームをして、何人か入居者もいたようだが、全員一週間以内にギブアップしてしまうという。幽霊は信じていないが、全員と言われると快諾しにくい。それでも、大学からもバイト先からも近い、有難い物件だった。
悩んだ末に友人の力を借りて引っ越しをしたのが昨日。徹夜で荷物を片付けていたのでひどく体が重いがあと一時間後にバイトが始まる。
「飯食ったらすぐ行かねえとな…」
額からぽたりと汗が落ちた。ああ、この部屋にエアコンがあったら。
一口のコンロでお湯を沸かす。今日はシーフードの気分だ。一食百円強、洗い物要らずの三分料理。考えた人は天才に違いない。
二分ほど待ってから食べ始める。食べるより飲むに近い気がするが。そして財布とスマホを持ってさっさと職場に向かった。
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