第一章一幕 恋に嫌われた俺は告白される。




 小鳥遊新月と関わると腐敗する。

 語り古された俺のレッテルだ。一体全体、誰が言い出したのか、なかなかどうして的を射た評価ではないか。

 まあ確かに、クラスの女子共が


「私、サッカー部のまこと先輩のこと好きかも……」

「告っちゃいなよ! 小鳥遊君もそう思うでしょ!」


 とにこやかな雰囲気で共感を求めたら、


「メスは本能的に競争力や生存力の強いオスの遺伝子を組み込んで子孫を残そうとする。スポーツマンとかのな。だから君の想いは恋でもなんでもない、原始的な動物の生存本能だ」


 と真っ向から否定し幻滅させビンタを食らい、


「この上腕二頭筋、美しい……」


 と筋肉を見せびらかす自惚れ野郎がいれば、


「お前は人一倍テストステロンが豊富だ。そいつは免疫力を抑制するから早死にするぞ」


 と知恵を貸して距離を置かれる。

 だから敬遠されて当然。この反応が目的なのだ。

 近づけば冷淡な視線で牽制し、気に食わないと罵られれば上乗せしてお返しする。

 はなから嫌われるように企図して話している分、この言われようは、ともすると相応の成果が見込めていると結論づけてもいい。

 俺は人間と関わるのが嫌いだ。一人が好きだ。一人がいい。

 学生生活、家族以外の人間と極力関わりたくない。嫌われるには、素直に一人が好きと言うよりも相手を見下した台詞の方が、隔壁を築けると知っている。

 思うに、友達なんて必要ないのだ。

 集団行動は自己の意思決定力を大幅に下げる。皆の期待する自分になるために本心を隠し共感を装う。上辺だけの友情関係に何を求めているんだ。人のために生きて楽しいのか。そう考えると、人からの期待も感心も重圧もない一人は享楽の極み。

 そうやって自ら敵をつくって生きてきた俺にとって五十嵐望とは、最も馬の合わず、交流することのない相手だと高を括っていた。腐ってると言われる俺には縁のない相手だと。

 なんせ五十嵐はクラスの中心的存在だ。誰とも別け隔てなく接する姿は女神と崇められるほど。肩まで滑る艷やかでいて漆黒の髪色、白皙の肌に薄く赤みを帯びた頬、目尻を和らげ、頻りに釣り上がる桜色の唇は、無差別に放たれる。その可憐さは女子でも見惚れる域だ。

 俺とは比較対象にならないくらいにステージで脚光を浴びている。俺が樹木の役なら五十嵐はお姫様の配役だろう。

 だから俺が高校2年生に進級して1ヶ月が経とうとした4月30日、五十嵐から手紙で校舎裏に呼び出された日には天変地異でも起こるのかと軽く身震いした。

 無視しようとも考えたが、手紙の最後に、『来なかったら自殺します。私の残した遺書には貴方が私の自殺に加担していると書いておきました』と書かれては無視もできなかった。

 俺が何したってんだ。四面楚歌状態の俺に残されたルートは「You died.」だけってことですか。

 常考なら俺に怨念のある人間が画策した悪戯である可能性しか浮上しないけれど、行ってみると、俺を見て嫌味なく微笑む五十嵐が待っていたんだから悪戯や自殺の疑惑は晴れたのだが。

 


 風邪吹かぬ閑散とした校舎裏、建築物が日光を遮蔽しているにもかかわらず、五十嵐の士官した表情は眩しかった。

 なんの用だと、俺は出鼻から好戦的な態度を示す。


 「新月くん、彼女とかいないでしょ」


 風に仰がれて、なびく髪を搔きながら垂れた第一声がそれだった。

 はにかみながら言ってるけど、失礼千万だよなと思う。「彼女いる?」とかでしょ普通。

 五十嵐からすれば俺への評価はたかが知れているのだろう。はたして五十嵐がこんな高慢な気性だったかと懐疑心が芽生える。協調性を重んじる五十嵐は自ら悪態をついて位を下げる真似はしないはずだ。

 俺は数秒考えてから、口を開く。


 「なんかの罰ゲームか」

 「違うよ。本気で聞いてるの」

 「にしては随分と横柄な物言いだな」


 まるで俺に彼女がいないと知った口ぶりではないか。まあいないのは事実だが。

 しかし、いないと自分の口から言うのは何か物言えぬ感情が邪魔をして拒まれる。俺は悟らせるように答えた。


 「……普段の俺を見れば分かるだろ」

 「ふーん、そっか。じゃあさーー」


 そして五十嵐はいたずらっぽく笑って、含みのある口調で言葉を紡いだ。


 「私がなったげようか」と。


 なだらかな時の流れが秒針を止める感覚を覚える。

 五十嵐望が俺に告白をした。

 艶めく誘惑的な瞳が無愛想な俺の顔を見据える。

 胸がざわついた。この時ばかりは人間不信で高飛車に設計された脳内も事態の収集が遅れてしまう。

 だがそれは決して顔を朱に染めるような理由にではない。

 普段の五十嵐とは似ても似つかぬ言動に動揺したためだ。

 性格の二面性。表と裏の顔。

 清楚で界隈を鮮麗に染める五十嵐が陽ならば、告白に際して羞恥の一文字も露呈させないそのビッチたる振る舞いは陰。

 始めから違和感まみれだったことに気づくべきだった。

 性格の二面性なんて全員が持っているものだ。大概は顕在的な性格の影に隠れて見えにくくなる。だが完全に息を殺しているわけではなく、微量ではあるが光に身も晒しているのだ。

 といってもそれは片鱗を覗かせるだけであって赤裸々にするものではない。

 今の五十嵐は、寸分違わず男を誘惑する小悪魔である。

 体裁に見合わず遊んでいて、なおかつ淫乱女。暗中模索の末、俺はそう確信した。

 心の奥底でこいつとは関わるなと警鐘が鳴り響いく。だから迷わず言ってやった。相手の心情なんか一切組まずに。


 「ビッチが」


 遠慮のない中傷に五十嵐は一瞬口角を下げたが、何食わぬ顔で口を開いた。


 「ふーん。 新月くん私のことそんな風に思ってるんだ……。 ホントなら素直に承諾するとこだよ?」

 「俺を他人と同類扱いするな」

 「それと、私まだ処女なのに」

 「……」


 思わぬカミングアウトに返す言葉を失ってしまう。いや、わざとなのだろうか。


 「私、傷ついちゃうな」


 けれど、俺を焦らして誑かそうとする算段は台詞の節々から感じ取れた。


 「勝手に傷つけばいいさ。俺の責任じゃない」

 「告白もはじめてなんだよ? いつもはされてばっかりだけど。自分から言うのって少し恥ずかしいよね。乙女心が開花したかも」


 恥じらう奴の表情じゃない。屈託ない笑みだ。

俺はあからさまに五十嵐を睨んで忌ま忌ましい態度をとった。

 若干、五十嵐のバージン発言に気を削がれたが、論点は別枠であると我を取り戻して思い起こす。

 五十嵐が俺に好意を寄せる理由がない。クラスで除け者扱いの俺と接点すらないはずなのだ。

 ビッチであるならば即解決。仮に本当にバージンなら尚のこと疑念が残る。

 そう尋ねると五十嵐は、細身の人差し指を下唇にちょこんと付けて唸った。今までと打って変わって、珍しく言葉を選んでいるようだった。


 「寂しそうだから?」


 選んだ言葉がそれですか。それと疑問形なのが気になる。


 「俺の身を案じてるのなら大きなお世話だ。俺は好きで一人になってる」

 「一人が好きな人も、心の何処かでは人恋しい思いをしてるよ?」

 「お前の価値観を押し付けるな。そういう奴には瞑想でもさせとけ。悟りを開けば友達や恋人が欲しいとかいう愚鈍な欲求も無くなる」

 「じゃあ新月くんは悟りを開いてるの?」

 「話を脱線させるな」


 睨む俺に五十嵐はお尻を向けて空を仰ぐ。後ろで組んだ腕が妙に弾んでいるのを見ると、全く諦念の様子がないようだ。


 「そもそも、俺とお前が付き合うメリットはない」

 「どうして? 私は新月くんのことーー」

 「俺はお前に好意なんてない」


 鬱憤を晴らすように口調が強まっていく。こうでもしないと、食い下がらないと予感したからだ。

 俺はたとえ、なでらかな肢体を持つ絶世の美女でも、五十嵐のような端正で高尚な人間でも、生活を害す奴は何人たりとも懐に入れないつもりだ。


 「とにかく、お前の申し出は断る。諦めて帰ってくーーっ!?」


 言い終える間際、五十嵐は瞬時に体を捻って走り寄り、俺との間隔を一気に詰めた。

 ポケットに突っ込んだ両手を引き抜き力強く握られる。突然の不意打ちに俺は瞠目して後退った。







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