第一章二幕 告白を蹴った俺は彼氏になる
「お願い。私じゃ、ダメ?」
狙ったような上目遣いに、視線が明後日の方向を向いてしまう。五十嵐ってこんなに大胆だったか?
逡巡する間もなくにじり寄られ、途端に両手を引っ張り俺の胸に身を寄せた。柔らかな双丘の感触が俺の神経を暴走させる。ヤヴァイ。こいつ着痩せするタイプだ。
「に……ニャンのつもりだ!?」
「何って、私達カップルなんだから愛を確かめ合うのは当たり前じゃない? ん……新月くんの鼓動が聴こえる。すごく早い」
この現状で心拍数平常な奴なんていないだろ!? それこそ悟り開いた人間ぐらいだ!!
「勝手に決めつけるな! さっさと離れッろ!」
「なら、キスしてくれたら付き合ってくれる?」
「はひっ? 何いってんだお前! だ、だだだ駄目に決まってんだろ!」
手を振り解こうとするが、想像以上の力で握られていて上手く離せない。
手っ取り早いのか、五十嵐は俺の足に自身の足を絡ませる。体重を掛けられていた俺は地面に仰向けになるように倒れ両手を拘束される。続けざま馬乗りに身動きを封じられ、もはや応戦の余地は無かった。
「うっ……」
「ねえ、本当のこと教えて。どうして一人になるの?」
至極真面目で坦々とした声。
俺を見下ろす五十嵐は、逆光で顔の表情が読めなかった。けれど、ここに自分の居場所がないような、そんな表情をしているように見えた。
どうやら、いち人間に屈するのが屈辱だったらしい俺は口元を釣り上げて野暮ったく言い放った。
「……瞑想して、悟りを開いたからな」
つくづく、プライドの高い男だと思った。
「……そう。素直じゃないのね新月くん」
「んぐっ!?」
五十嵐は一度、唇を舌で湿らせて、俺のそれに密着させた。舌を捩じ込まれ、全身に鳥肌の立つ感覚を覚えた。
情愛の吐息が途切れ途切れにじたを撫でる。
「んっ」
付けては離れ、離れは付けてを繰り返し、頬を真っ赤に染める五十嵐を、不覚にも俺は見惚れてしまった。
そうすること数十秒。ようやく開放された俺は息を切らしながら悪態をつく。
「人のファーストキスを安易に奪いやがって!」
「私も初めてだった」
「決定権は俺にあった!」
「主導権は私が先に奪ったけど」
ようやく五十嵐は俺から両手を離すと、その場から立ち上がった。
「キスまで済ませた私達はカップルも当然だよね?」
そんな事があってたまるか。
否定しようとすると口を開く。
「んなわけねえだーー」
しかし五十嵐の突拍子もない言葉に俺の意見は空を切った。
「明日、私とデートに行かない?」
「......は?」
「すっぽかしたら今日あったこと皆に話すから。 新月くんが私を押し倒して服が乱れるまで強引にキスしたって」
まるでメディアや週刊誌のする小細工じゃないか。
「損害を被るのはお前だろ」
「新月くんと私の言葉、皆はどっちを信じるのかな?」
「……」
上体を起こした俺に、五十嵐は鋭い一槍を投げた。理不尽な微小を加えて。
「日頃の行いを反省するんだね!」
「まだ行くと決めたわけじゃない。それに何しに行くんだ」
「うーん。そうだね……」
一時の間、熟考したかと思うと、降って湧いたように両手を叩いて声高らかに宣言した。
「ホッチキス。うん。ホッチキスを買いに行こう」
「ホッチキス……」
「そう。ホッチキス。この前ウサギさんの形した可愛いホッチキスを見つけたの。私あれが欲しいかな」
「一人で買いにいけばいい」
「ううん。デートだから二人じゃないとダメ。 約束。 これからも」
「約束……」
奇しくも俺の意識に、約束という言葉が響いた。
五十嵐はそのまま校舎裏から軽快に走り去りる。
対面して、僅か10分にも満たない間の出来事だった。
取り残された俺は、澄んだ青色の空に向かって重い溜息をつく。
強引に打ち出された彼女宣言。否定すれば今日の醜態を学校中に偏向報道され、犯罪者扱い。ただえさえ狭い居場所がついに無くなる。
俺の目的は友達をつくらず、一人で高校生活を満了する事だ。
不本意だが風当たりの強い立場を考えれば、明日の約束は取り消せない。
一方的にしろ、口を挟めば極刑の状況下。
俺は認めてなくとも五十嵐の取り消し厳禁彼女宣言は成立せざるを得なかった。
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