11/19残光「夕焼けの国」

 夕焼けの残光の中に、鴉が立っている。鴉といっても鳥の姿はしていない。黒い外套で首から足までをすっぽりと覆い、黒い羽根をつけたシルクハットを被っている声の高い男。

「また来たのかい、ここに」

「来ちゃダメだった?」

「ダメではないが――戻れないこともあるよ」

 鴉のいる世界は、私のいる世界とは違う。けれど少しだけ重なり合っていて、昼と夜が混じり合う時間だけそれぞれの世界に行く扉が開く。

「扉がずれてしまえば君は向こうには帰れなくなるんだよ」

「うん。それもいいかなって」

「……僕は止めないよ。この世界もそれほど悪くはない」

 鴉はこの世界を司っているわけではないらしい。世界の主人は別にいて、鴉はただここにいるだけの存在。けれど彼はとても優しくて、それから歌がとてもうまかった。向こうの世界で疲れた体と心を包み込んでくれる歌声。私はそれを聴きにここに来る。

「ここにずっといたら、ずっとあなたの歌を聴いていられるし」

「それに関してはあまり聴きすぎない方がいいよ」

「いつもそう言うけど、私はなんともないよ」

「君が気付かないうちに、ということもある」

 どうやら世界が違う影響で、彼の声を長く聴きすぎると精神に良くないことが起きるらしい。今のところそんなことはないし、むしろとても幸せな気分になるのだけれど。

「さて、そろそろ時間だよ」

 鴉は帰る時間をいつも教えてくれる。でもあの童謡のように、鴉と一緒に帰りましょう、とはならないのだ。

「もうちょっと長くいたいんだけどな」

「体に良くないからやめた方がいいよ」

 口調は優しいけれど、その手は強引に私を元の世界へ戻そうとする。わかっている。違う世界にそう長くはいられない。人が宇宙服なしでは宇宙空間にいられないのと同じだという。だから私は仕方なく帰るしかない。

「じゃあね、また来るよ」

 ここは終わらない夕焼けの世界。私の世界は、もうすぐ夜が訪れる。

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