夜の執事

 夜のコンビニとは、何故か安心するもので毎日のように立ち寄っている。田舎だと、街灯も少なく、闇が広がる道で安心できるのは煌々と光るこの場所位だろう。


 早く帰りたい、早く帰りたいと昼間ずっと考えているくせに、さて夜になると道草を食って外で吐き出した煙を見ているわけだから、俺というやつは矛盾している。


 25から働き始めて、忙しく食事も趣味もままならない中、まさか俺自身も猫を飼うなんて、思ってもいなかった。忙しさからか、当時付き合っていた交際相手とも疎遠になり、健康診断の結果も異常値のマークが付き始めて、精神的にも肉体的にも限界が近かった俺が、何かを養うなど出来る訳がないと思っていた。


 しかし、意外なもので土砂降りが止んだ次の朝に家の近くで鳴き声が聞こえて、彼女と目が合ってしまえば、そんなものは関係なくなってしまっていた。拾わないという選択肢はなく、気が付いたら家族になっていた。


 初めて見つけたときは、勿論汚かったが、その目は惹かれる……焦がれる程に美しかった。俺は、目で惚れやすいらしい。困ったもので、恋した相手は人間ではなかったというわけだ。汚くなった体も洗い綺麗にしてやれば、白く美しい毛に青く綺麗な瞳が更に俺を魅了した。


 そこから生活は一変した。俺の給料は、彼女の全ての欲求を満たす為に、彼女を幸せにするために。勿論、世話をする俺が万全であることにも使用した。


 教師をしている俺は、勿論生徒の為に動くわけだが、その動くためのエネルギーは彼女に他ならない。規則正しい食事、睡眠、適度な運動、そして彼女のおかげで健康が保たれている。


 まあ、傍から見たらキャバクラの美人に貢ぐ事や、推しキャラクターの関連商品に貢ぐ事とそう変わりが無いだろう。ただ、それ以上に夢中になっていると自負できる。


 まるで高貴な彼女に心を支配されているような、満たされた毎日なのだ。サクラ自身がどう思っているかは分からないが、ただ2人ともお互いがいない生活には戻りたくないと思っていることだけは確かだ。


 死んでいた過去には戻りたくない。あそこは地獄だ。生きていない毎日に価値はない。思い出す事すら嫌悪を感じる。

 今一番寂しい時は、朝この扉を閉める瞬間で。今一番嬉しい時は、夜この扉を開ける瞬間で。

 ギィーっと重い音をたてて、扉を開ければ玄関マットの上に美しく座る彼女がいる。扉を開ける前に、耳をあてても走ってくる音は聞こえないことから、俺が帰る時間を推測して待っているのだろう。


 めちゃくちゃ愛おしい……。溜息がこぼれるくらいである。


「あー! もう! 可愛すぎるだろ! いや、美しすぎる。もう、我慢ならない!」

 玄関マットの上のサクラにダイブする。お腹の温かさと、フワフワな毛を感じながら思いっきり息を吸い込む、そして吐く……最高に幸せで言葉にならない。


 サクラは思いっきり後ろ足で、俺の頭を蹴り蹴りしているが、痛みより愛おしい。


「よし! 補充完了! 俺とサクラの飯を準備するから、少し待っててな」

 お腹がすいているのか、足元をちょろちょろとついてくる。


 準備の間は、足元で俺が顔を埋めた所を念入りに毛づくろいしている。相当嫌らしい。


 後で遊んでやらないと、明日まで根に持たれそうだな。高いキャットフードの上から、液状スティックタイプのおやつをかけてやると、テーブルの横で綺麗におすわりしている。  

 いやはや、可愛すぎる。このシーンを写真に撮りたいところだが、前に撮ろうとした際、待たせすぎたせいか激おこであった。早く出すに限る。


 カリカリという音を聞きながら、自分の食事も摂るこの時間も幸せを感じる瞬間である。なんと、愛おしいことか。俺には勿体ないくらいの幸せである。

 週末は給料日だから、彼女の玩具でも増やすか……キャットフードの補充をするか、そろそろ風呂にでもいれるか。悩ましい。毎日が幸せすぎる。


 これは、俺とサクラの幸福な日常の物語である。

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