執事と料理

 悩ましい、物凄く悩ましい。


 サクラのおかげもあって、自分の食事に気を使うようになると料理スキルが結構身に付いた。そうすれば、俺も何かサクラに作るべきではないのか?


 そう! 男の手料理を彼女に振る舞う……素晴らしい。まるでカップルのようじゃないか! いや、カップルではあるのだが。


 初めて、サクラを家に入れたとき正直不安だった。必要最低限な物は用意して、病院へ連れて行き、その後向かった先はペットセミナーだった。

 流石に猫を飼った経験はなく、そこで食事から何から全て教えてもらった。その時に生肉の選択肢を教えてもらったのだ。


 未だに賛否両論はあるものの、健康面や毛並を考えると採用したい。とはいえ、飼った当時は、手間もかかるしと思い、先送りにしてしまっていた。


 太ももの上で気持ちよさそうに眠るサクラを撫でながら、PCを開く。肉の種類と調理方法でも調べてみるかな。


 撫でるのをやめて、キーボードに両手を移動させる。サクラは突然撫でられなくなったことが不服なのか、俺の左肘に顎を乗せる。


「そ、そういうとこだぞ~!?!?」

 胸がぐっと締め付けられるようなキュンキュンに襲われながらも、右手はスマホを探す。今、今撮らなければ!


 インカメラをオンにし、顎乗せしているサクラと俺が入るよう画面に合わせシャッターボタンを押す。


 また素晴らしい物を撮ってしまった……。いや、それどころではない! 早く撫でてあげられるようにする為にも、調理方法と保存方法を検索しなくては。


 とりあえず、まずはデメリットである危険性の再確認。ブックマークしているページを開く。生肉には少なからず寄生虫が潜む可能性がある。

 多量に与えるとビタミン過剰摂取で病気になることがある……と。


 最大のメリットは、水分摂取による腎臓病予防といったところか。


 猫自体が水を必要としなくても生きていける性質のせいで飲む癖がなく腎臓に負担がかかる為、腎臓病になりやすく猫を飼う人にとって一番の恐怖……かくいう俺も、水分をとってもらうために容器等に工夫してきた。


 しかし生肉を与えれば、ドライフーズだけより効率よく水分摂取できるに違いない。毛並も良くなれば綺麗好きなサクラも嬉しいだろうし。右手で撫でながら、毛並の良さを実感する。


 まあ、調理方法も調べてはみたものの、生肉を食べさせるのだから、予想通り新鮮な肉を清潔な所で切るだけなのだが……。新鮮な肉? やっぱり肉屋か?


 さっそく、パジャマのままマンション裏の肉屋に出かける。家を出る時に、サクラが不満そうに話しかけてきていたのは、撫でられ足りないのか何なのか。大変可愛い。


 肉屋には、いつものおばちゃんが1人。結露かかったショーケースを覗きこむ。どの部位を買うべきか。


 まずは、ささみだよな。あと、鶏胸肉。ついでに馬肉も少し買ってみるか。余れば俺が食べればいいし。


「先生、今日も頭爆発しているわよー? そんなんじゃ彼女に怒られるでしょ?」


 肉屋のおばちゃんはいつも俺をからかう。おばちゃんは人をからかうのが趣味なのか?

「俺の彼女はそんなことじゃ怒らないですよ! それより、今日新鮮なのはどれですか?」


 とりあえず、早く帰るためにも肉だよ、肉。

「そうね! 今日は鶏胸肉かしら」

「じゃあ、それとささみを100グラムずつで」

 今日は試しだ。無理に食べさせてもいけない。サクラが食べなかったことも考えて期待しすぎないようにしないとな。


「はい! おまちどうさま。彼女によろしくね」

 おばちゃんにお礼を言って店を出る。早く帰らないと休日のサクラは機嫌をすぐ損ねる。


 休日でも変わらず俺が出かければ、玄関でふかふかとした体を丸まらせて待っている。つんけんした部分も多いが、デレは頻繁に感じるような気がする。


 急いでご飯にしよう。今日はまず、鶏胸肉とドライフードを混ぜて食べるか実験だ。20グラム程を1センチ角に切っていく。その上からドライフーズをかけて混ぜる。


 これは……料理とはいえないような? 気がするが……。


 少し緊張する。食べてくれなくてもいいのだが。期待してしまうものだ。


 サクラの前にいつもの脚付きフードボウル置くと、いつもと違う見た目に躊躇しながらも鼻を近づけてくれている。ふとお座りして、俺の方を見上げる。


 こちらの意図を伺うような目で見つめられると、緊張ようなドキドキを感じてしまう。もしかして……俺の信用をはかっているのか。


「サクラ、食べられるよ。それ、生肉だけど新鮮だから」

 犬のように、よしと言ってほしいのかもしれない。

 

 サクラは慎重に食べ始める。カリカリという音の間で、モチャモチャという音が部屋に響く。

 食べてくれている。少し安心して、自分の料理を作ろうとキッチンに戻ろうとすると、彼女は食べるのを止める。


「ニャー! ニャッ!」

 何かが不満らしい。こういう時は、言葉が通じない彼女という不便さを感じるものだ。


 少しフードボウルを彼女に近づけてみるも、プイッと顔を背けてしまう。あまり好みではなかったか。少し残念だが、こちらの押し付けはよくない。


 仕方なくみじん切りにした鶏肉に米と卵、レタスを入れてチャーハンを作り、机へ座る。頂こうとした瞬間、サクラが香箱座りから突然立ち上がり俺の膝に飛び乗ってくる。


 膝の上へ座り、俺が食べようとしているチャーハンをじっと見つめる。


「いや、流石に塩分的にまずいからな……」

 そう声をかけると、顔だけこちらへ振り向く。俺がスプーンを口へ運ぶと、不服そうにジーパンの膝あたりで爪とぎを始めてしまった!


「こら、こら! なんだなんだ。……もしかして調理しているほうがいいのか?」

 こちらの言いたいことは分からないとでもいうように、またジーパンに爪を立てようとする。とっさに、柔らかなお腹を両手で持ち床へとおろす。


 試してみるか! 先程の残りの肉を硬くならない程度に炙る。それからまたドライフーズと混ぜ、ボウルへ盛り付ける。


「さて、これなら、どうですかね。サクラさん?」

 一瞬ドヤ顔のような自慢顔をこちらに向け、すぐさまご飯を口にする。また先程とは違ったカリカリ音が部屋に響く。心なしかいつもより食いつきが良い気がする。

 すぐにペロリと平らげると、俺の足へスリスリと体を擦り付ける。これは、サクラが気に入った時にだけする仕草だ。どうやら満足頂けたらしい。


 俺の彼女は、グルメさんだからな~! 自然と口元が綻んでしまう。明日も残りの肉に火を通して少しだけ入れてみよう。

 

 ちょっとワガママで、気分屋でたまにしか素直になってくれない可愛い女の子ってのは男なら誰でも惹かれるものだよな。


「なあ、サクラー」

 口に出してないことに同意を求めると、運動の時間だと言わんばかりに玩具箱の隣へちょこんと座り込む。


 最高に可愛い彼女との生活は、刺激だらけだ。


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奇妙な執事とじょうおうさま 豆腐 @tofu_nato

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