数学のできない劣等生とルーム教師の関係
笠原美雨
第1話 劣等生とルーム教師
20XX年4月7日。私は地元の子たちと違う中学に行きたくて受験を突破した。一定のレベルをクリアした同級生たちと、桜台中学に入学する。国語が得意で、算数が苦手。中学からは算数は数学になる。小学校で少しかじった、英語も本格的になる。みんな一緒の制服に身を包み、桜が私を見守ってくれた。
昇降口の掲示板を見ると、私はC組。スーツを着たお母さんと別れて、クラスへ向かう。黒板には私が一番後ろの席で、隣にはおとなしそうなメガネの男の子。席に座ってみると、私よりも小柄な印象。
「はじめまして、佐藤由里です。元町小からきました。よろしくね」
「君のこと知ってるよ。塾で小耳に挟んだ。算数が苦手なんだってね。数学もどうなることやら」
名前も名乗らず、私の情報を知っている彼。名簿では竹下真くんというらしい。失礼な男の子だけど、どこで私の情報を知ったんだろう。疑問に思いながら周りの子と話を楽しむ。そこで前に座る斉藤さんが、
「私も竹下くんと同じ塾だったんだけど、佐藤さんの近所に住む男の子が、同じ塾だったの。それで聞いたんじゃないかな」
入学式で校長先生の話が何分か、おばあちゃんから入学祝いにもらった腕時計ではかる。8分。これはややくどい、と思っていたら祝いの言葉を聞いていなかったことに気づいた。それにしてもみんな同じ髪型。女の子は二つ結びか三つ編みで、男の子は坊主までいかなくても短めの子ばかり。桜台中学は校則が厳しいことで有名で、男女交際も禁止。みんな隠れて持ってきていると思うけど、携帯も禁止だからLINEのIDも紙でやりとりした。私の小学校からきているのは私1人だから、新しい私を開くチャンス。デビューを頑張りたかった。
隣の女の子が立ち上がり、入学式が終わった。
母親がPTAなど会議をしている間に仲良くなった子たちと図書室で静かに話した。
「まだみんな斉藤さんって呼ぶけど、あげはって呼んで」
生まれつき色素が薄めのあげはは、はつらつとしている。話によるとバスケ部に入りたいそう。
「私は山田香奈子。気軽に香ちゃんって縮めてね」
香ちゃんはおとなしい音楽少女。この学校は音楽部に力を入れていて、彼女は未経験だけどコントラバスを弾きたいそう。
「最後は私、佐藤由里。誰にも負けないくらい本が読みたいの。よろしく」
クラスでもした自己紹介にオリジナルを加えて、みんなで話し合う。この3人は、席が近いだけじゃなくて、お互いの自己紹介を聞いて集まった。この子たちとは仲良くなれる、そんな気がした。
次の日
まだ学校は通常授業ではない。学力をはかるための実力テスト。桜台中学には高校がなくて、普通の私立とは違う。だけど学費がすごく安いのと、部活や学業に潤沢な予算が使われる。帰りのHR後に私たちはだべっていた。
「はぁ~、国語ダメだった。由里はいいよね。得意だから」
椅子を傾けてあげはがうめいた。中学生になっていきなりテスト漬けなのがつらかったんだろう。彼女、身体を動かすほうが好きだし。でも私にも弱点が、
「私は数学がダメ。まだテスト範囲は算数だけど、数式がイヤなのよ」
あげはに感化されて私は大げさに机へ突っ伏す。もう、もうテストは、中でも数学とは会いたくない。私は国立大学を目指しているから、大学受験まで必要になるけど。いつか数学を好きにならないかな。
私たちが負のオーラを出していると、香ちゃんが頭をぽんぽんしてくれた。彼女はテストに問題がなかったよう。手のひらも身体もマシュマロのようにやわらかい香ちゃんを、思わず私とあげはが抱きしめる。
「私、香ちゃんの彼氏になる!
「ずるい由里、私が香を幸せにする」
そんな風に3人でさわいでいると、扉がスライドされた。
「バカが騒いでいるとこっちまで頭が悪くなりそうだよ。時間あるなら勉強したらどうだい?」
敵は本能寺にあり、じゃなく、敵は竹下くん。私もカンニングはしていないけど、テスト中にすらすらと解いていたのは気配で分かった。
「ところで佐藤さん。知っていると思うけど、この学校は劣等生に学校が選んだ家庭教師つけるんだよ。君が数学の劣等生に選ばれたら、僕がルーム教師かもね」
-桜台中学では、科目ごとの劣等生にルーム教師をつけます。それは学校が生徒同士の相性をみながら決め、その相性は、実力テスト中の心理テストから読み取るでしょう。生徒同士協力をして、お互いの学力を上げることが目的です。
「私の先生が、竹下くん…」
私が劣等生になるかもしれないことは、予想している。国語や社会は得意だけど、理系科目、特に計算が苦手だから。この中学も理系科目があったから合格ギリギリだったし。
「先生には、敬語を使うんだよ。発表が楽しみだね」
劣等生は自分のルーム教師に敬語を使うのがルール。まだ出会って2日だけど、竹下くんにはいらだちしか生まれない。だってなんか上から目線で、頭がよくて、なんかいらつく。もしかしたらそんな相手が家庭教師。上下関係が決まってしまう。
-太陽がまぶしい
「そんなに数学できなかったの?めったに劣等生にはならないから大丈夫だよ」
「ベランダで黄昏れなくても。まだ夕日でもないし」
私には未来が見える、きっと私と竹下くんは師弟関係を結ぶ。2人はまだの私の数式アレルギーを知らないせいか、劣等生にならないと思っている様子。でも、ルーム教師は心理テストの判定も大きくて、話によると志が高くないとなれないと聞いた。竹下くんはどんな理由でルーム教師を目指しているんだろう。
4月10日劣等生発表日
オリエンテーションで今日が劣等生の発表日。テストに自信がない子ほど早めに下駄箱へ集まる。劣等生の下駄箱を開くと、封筒が入っているから。ちなみにルーム教師はHRで伝えられる。ルーム教師は成績だけでなく、心理テストでの結果でも人に奉仕をするのに向いている、素晴らしい人間だから。ルーム教師の担当科目は伝えられるけど、相手の劣等生はみんなには伝えられない。言葉遣いでだいたいばれるけど。
私の下駄箱には、もちろん封筒が入っていた。もしかしたら季節外れのラブレター、この際果たし状でもいい。でも、やっぱり数学の劣等生の通知だった。しょんぼりしながらクラスに入ると、私より早い登校の竹下くん。やけに満足げで、もしかしたら、とイヤな汗をかいていると、
「佐藤さん、これからよろしくね。成績があがらないと、ずっとだよ」
怖いくらいにこやかに話しかけてきた。私はもう彼にため口が使えない。彼の教育がいいかわからないけど、数式アレルギーがよくなる保証もない。
「竹下くん。いろいろ教えてください」
机を蹴り倒すのをこらえて、頭を下げる。短期間で人はこれほど人をきらいになれるのかと内心驚きながら彼が教師に選ばれたこともついでに驚いた。ルーム教師は素晴らしい人間。学校の理念だから、きっと竹下くんも態度には出さないけど、本当は素晴らしい考え、意識を持っているはず。
私は彼が嫌いだけど、もしかしたら友達になれるのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます