《1》
ケイトの為に作ったドレスを手に取る。大人っぽいデザインの、シンプルなドレスだ。
私がトルソーの前に立っていると、彼がケイトを連れてきた。
「消したんじゃなくて、この子達は先に人形に戻っていたということだね」
「ああ。見つかりにくい位置に隠してはいたが」
「自分に言うのもなんだけど、もっといいやり方はなかったのかな。あんな風にシリアルキラーみたいな真似をして、あれで絆が深まるとでも?」
「刺激を演出してあげたんじゃないか。あれのおかげで、しばらくここの正体に気づくことはなかっただろ? 撹乱ってやつさ。目を背けさせて、本当の問題に気づきにくくさせる」
「まぁ今聞けば納得できるのかもしれないけど……」
ケイトを横たわらせて、その上にドレスを重ねる。
「どうケイト、この色は好きかな。……君の体は確かに、予定よりも多少大きめに作った。私以外が見たらただの誤差だと思うだろうけどね。でも私はこのバランスが一番美しいと思った。私の経験を活かして、男でも女でもないボディを完成させた。君の体は途中まで女性ドールとほぼ同じだ。他の子よりも柔らかい線を描いてはいるが、男らしい部分も残した。それは私の作品の中で、君が唯一だ」
「奇跡のバランスだな。これは人間では作れないだろう。ただケイトの設定に、男っぽいことがコンプレックスだというのを付け足したのは君だ」
「ああ、軽い悩み程度のもので、そこまで苦しめるつもりはなかったんだけど。……ケイトの趣味の一つに、人間観察がある。誰にも言ってない趣味だ。街のあまり人が来ない場所へこっそり行っては、聞こえてくる会話を楽しんでいる。キャンディーショップがお気に入りで、体格のいい男が一人で切り盛りしているんだけど、どこかきな臭い噂がある……なんて、彼らの住む街の方まで設定を考えていたら、いつまでも完成しないね」
眠っていても、意志の強さを感じる表情をしている。この中で一番正義感に溢れた子だろう。
「久しぶりだね、シンク。この子は少し、他の子とは違う」
起きている状態だったら、素直に握らせてはくれないであろう手に触れる。
「シンクは唯一、私に敵対心を向ける子だ。私を信用していない。だからこの中で私を倒せるのだとしたら、きっと彼だった」
「だから始めに消そうと?」
「そうなのかもしれない。脅威と捉えたのかな。いざとなれば私を殺して、世界を壊したかもね。でも最後の最後まで、彼は私の生徒でいてくれた」
損な役回りをさせてしまってすまなかった。君の存在価値を奪おうとしたり、酷いこともしたのに……。
「一番真っ直ぐな子だったのかもしれない。……シンクは怖がりなんだけど、それをエースの為だと思ったら我慢できてしまうんだよね。そういう精神安定的な存在でもあるんだけど、エースも言っていた通り、シンクは彼がいなければ生きられない。全てのモチベーションがそこにあるんだ。エースを超えて一番になる、その目的を果たす為に生きている。こうして考えてみると、他の子に比べて随分尖った性格だね」
「シンクの目的が果たされたら、彼は満足したと思うか?」
「……どうだろうね。嬉しいのは一瞬だけで、すぐに飽きてしまうかも。ライバルのいない世界はつまらないだろう。頂点になった瞬間に身を投げてもおかしくないね。ああ、そうだ。こんなシンクだけど、可愛い一面もあるんだよ。彼は基本的に自分以外の生物には興味ないけど、リスだけは好きなんだ。彼らの家の裏は森で、そこによく来るリスにエサをやるのが好きなんだ。エサといっても、その辺に落ちている木のみをリスの近くに運んでやってるだけなんだけど。誰にもバレないようにこっそり会いに行ってたのに、ある時サイスにバレちゃうんだよね。彼は何が恥ずかしいのか分かっていなくて、皆にバラしてしまいそうだから、シンクはサイスのことがちょっと苦手だ。彼はエースにも頼られていたしね」
君の正義が、君の勇気が、この世界を作って良かったと思う一番の理由なのかもしれない。シンクが必死に生きてくれたから、皆はここまで成長できた。
君が大好きだって、そんなの当たり前だろう。
私が彼らの為に作った最初の服。それを見て嫉妬したのも、今考えると恥ずかしい。
「自分が作った服なんだから、気に入るはずだ。それに、すぐに反省点も見えてくる。だから何着作ったって、満足することなんてないんだ」
でも今私が作った最後の服に袖を通し、教室の中心に立っているセブンは、見惚れてしまうほど美しかった。
「ジャケットやハット、君のイメージではないけれど、色を明るくすると似合うね。セブンは、私の作る中では珍しいタイプだ。こんなに元気で天真爛漫な子、今までいたかな」
「セブンも何か、裏がある?」
「……うーん、裏というほどではないけれど、そこまで底抜けに明るいわけでもないんだ。意外と考えているし、空気も読む。優しい子、なんだろうけど……なかなか怒ることがないから、本人も知らずのうちにストレスが溜まっている。数年に一度、訳がわからないまま爆発してしまうことがある。その時は皆に当たるわけではなくて、一人で森の中へ駆け出していってしまう。その後は皆で夜通し捜索だ。一夜明かした彼は案外けろっとしているから、彼のそういう部分を知る子は少ないか、いないだろうね」
彼にジョーカーのことについて聞いた時、恨んでいるとも、嫌いとも言わなかった。セブンは私が自分でも気づいていない部分を好きだと思ってくれていたんだ。それを特別ではなく、当たり前だと考えられる、そんなところに救われた。
彼の瞳の色に合わせて作ったスーツ。あえてシンプルにして、彼自身を活かすようにした。
「エイトは自分を取り繕っているんだけど、その壁は脆い。卵の殻のように簡単に割れる。だから彼は、色々なものの隙間をうまくすり抜けていくんだ。臆病な一面もあるけど、壁が薄いからすぐに壊れる。しかしその壁は復活する。エイトにとって関係性はその都度のもので、ある程度の好感度は維持された状態だけど、再び構築していかなければならない難しさもある。素の彼を見られるのは限られた人間だけだ」
「博愛主義じゃなかったのか」
「確かに愛したい気持ちはあるし、仲間を尊いものだとも思っている。彼の中では他人に捧げる愛の量が決まっていて、足元には常に溜まっている状態だが、それ以上は切り崩していかなければならない。彼も言っていた通り、相手からの愛情を受けたと感じた時に満たされるんだ」
目を閉じている彼の頰に触れる。長い睫毛は赤寄りのブラウンだ。黒よりも柔らかい印象を与える。
「恐らくエイトは、愛とは何だということを考えた時にできたキャラクター。性格の設定というよりは、自問自答を繰り返し、それでも見つからなかった答えをそのまま擬人化したみたいだ」
しかし服を作った時の彼の表情は自分でも予想外で、あれこそが答えだったのではないかと思う。
「……そういえばエイトの役回りは少しエースに似ている。実際彼が頼りにされていたしね。でもエイトは中心にいたいという気持ちはあまり持っていない。そこから離れた子を、自分もちょっと離れた位置で見ているのが好きなんだ。彼は事件が起こると、結構わくわくするタイプだよ」
君に捧げた愛は正しかっただろうか。いやきっと、それに正解はないのだろう。私が素直に認められたのは、君が真っ直ぐ求めてくれたからだ。君の中の迷いを払って、私に教えてくれた。こんなにも優しい心中が存在するだろうか。
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