There was a man,a very untidy man
「初めにヒントというか、言ってしまっているのも自分らしいな。どこか夢物語だって、気づいてはいたんだ」
動物達が平和に暮らす森、そんなもの存在しない。つまりここは絵本の世界だった! 平和を演じさせられて、飽き飽きした動物が反逆の為に、或いは暇を潰す為に、戯れに殺してみた! その動物は誰でもいい。シカでもクマでもネコでもハリネズミでも。作者に復讐! または作者が遊びで殺してみた!
「まさにその通りじゃないか。偽りの世界で、私が作った物語に皆を乗せていたんだ。戯れに殺す理由は分からないけど」
一度止まって部屋の中を覗くと、彼が倒れていた。
ああ本当にもう私の魔法は解けたのか。彼らを人形だと認識したから、動かなくなってしまった。
「やっぱり、こうなっちまったか」
「サイス……」
どうしてまだ彼は動いているんだろう。
「俺は途中から身を一歩引いて、この時の為に備えていました。なんて偉そうな言い方をしたけど、結局ただの傍観者なんだよな。みんなを守ることも、先生を助けることもできなかった」
「君が月か……」
「この世界で俺ができることなんてないからな。どう外の人間に訴えかければいい。俺達のことを考えるのをやめろと言えばいい? 先生を無理矢理にでも止めていたら、こうはならなかった?」
「……っ」
「それは無駄だな。ここで起こる事は良くも悪くも、全て先生が思い描いた通りだ。だから今も、これも、そうなのか……はは、分からなくなっちまった。だってこの言葉は俺が考えているはずで、自分の言葉で喋っているのに……これさえも、この一つ一つも、先生が作ったものなのか?」
「きっとそうだろう」
ジョーカーが答える。
「そんなはず……私には分からない」
サイスはいつものように、皆の事を包み込んでくれるような笑みを浮かべた。
「先生、一つだけ方法がある」
「……なに?」
「全て認めちまえばいいんだ。開き直って。俺達は貴方の作ったものだし、この世界も貴方の想像なのかもしれない。だからなんだ? それを壊す必要はあるのか? その上でここにいればいいじゃないか。俺達を何度でも作って、世界だって、いくらでも作り直せるだろう? なぁ、まだ諦めるには早い」
サイスの足が止まった。どうやら下から固まってきているようだ。
「人形に見えるか? 俺が? 先生の作った、人形……心がない? 生きていない? 本当に? よく見てくれ、思い出してくれ! 笑っていただろう、みんな……ほら、あんなに良い顔で、楽しんでいた」
「サイス……」
「クソッ……あーもう、忘れろ! 目を閉じて、別の事を考えるんだ! ああ、歌でも歌おうか。俺は下手くそだけど、それでいいなら」
「サイス……六番目の子。皆のお兄さんで、優しく頼り甲斐がある」
「……先生?」
「君の設定に、靴下が上手く履けないというのがある。嫌いなんだ、素足でいたいって。でもそれは怒られるから一応履いているんだけど、ゴムが緩くて、靴の中でだんだんズレてきて、いつの間にかなくなっているんだ。それでまた怒られて……はは、知っていたかい? こんなことばかり考えて……私は、作りたかった。こんな学校を……君達の先生になって、毎日笑うんだ」
「貴方が願えば……叶う。だから、お願いだ……俺達を捨てないでくれ……っ俺を、壊さないで」
「私が愛してと願ってしまったから、君は、君達は……その役に縛りつけられた」
「この言葉が、嘘に聞こえるか?」
「ありがとう……いい夢を見せてもらった」
固まった彼に近づいて、手を取る。
「君ならこの体に私がどれだけ愛を注いだか、分かるだろう? 大丈夫。私は人間でなくとも……むしろ人形の方が愛せるんだ」
やはりサイスの背中にも、6の文字が入っていた。
「自分のは見えないけど、お互いのは確かめられる。そんな設定もあったっけ」
呆れるような、愛おしい自分への罪が溢れてくる。それを零しながら、世界をゆっくり歩いた。
「ここにも一人。美しい人形に戻った子が」
「デュースはね、愛されたがりだ。体の小ささも甘え上手も、もう既に愛される要素を持っているというのに、更に求めた。それは怖かったからだ。もしかして自分自身を投影していたのかな。だって彼はまだその恐怖を味わったことはないはずだからね。私が捨てられた、見放された、そこからの恨みのようなものが、こんな可愛い形になったのかもしれない」
デュースのように小さい体のドールを作るのは初めてだった。パーツが小さく、バランスを取るのが難しい。柔らかそうな頰や、ぷくりとした子供らしい手を作るのに苦労した。
「他の子とは勝手が違っていて、一番手間をかけたかもしれないね。デュースは皆のことが好きだけど、セブンのことをライバルだと思っている。デュースは結構考えてから行動するタイプで、いざ自分がやろうとした時に、何も考えていないであろうセブンが先にやっちゃう事がよくある。そういう予測できないところが侮れないんだって」
赤いチェック柄のマフラーに包まれている彼は暖かそうだ。
「デュースの憧れはエースやエイトだから、大人っぽくなりたいんだ。だから子供扱いされるの、本当はあまり好きじゃない。でも自分の武器を分かっているから、それを飲み込む。案外計算高い子さ、彼は」
おやすみと髪を撫でてから、そこへキスを送る。よく見ると、手の中には赤い宝石が握られていた。
自分で見つけたのか、服が変わっていた。ファーの付いた緑色のコート。私は普段あまり作らないカジュアルな服を、トレイの為に作った。
「こういう服だとより少年らしいね。トレイはマジックを披露してくれたり、ゲームにも参加していたけど、実は一番のギャンブラーだ。何かとゲームをしては賭けたがる。勝率は……うーん、勝つ時は勢いがいいんだけど、一度負けると底まで落ちる。差が激しいんだよね」
ポケットが沢山付いた服。その一つにサイコロ、トランプが入っていた。
「甘いものは嫌いだけど、表面のカラメルを焦がしたプディングには目がない。あれだけは何が何でも死守するんだ。そのせいでよくデュースと喧嘩になったり……気を利かせたエイトが自分のケーキを分けようとするけど、プディングじゃないと意味がない。誰もトレイの不機嫌の理由に気づけないんだ」
優しいけど不器用だから、なかなかもどかしい性格をしている。これに苦労したかな、すまないねトレイ。
でもそういうトレイが、私は好きなんだ。
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