Come, my children
目の前には色とりどりの服が散らばっていた。以前着ていた制服に比べて、布量が圧倒的に増えている。動くのにはあまり適さない格好だ。着ることを考えずに、自分の手が思うままに服を作った。
ドレスに見えるかもしれないが、よく見ると少し違う。彼らは美しくても骨格は少年なので、女性用のドレスだと浮いてしまう。それよりも美しく、彼らに似合うように。魅力をより引き出せるように。
まだ見つけていない部屋があったのか、そこには大量の布が置いてあった。いくら使っても、まだまだ残っている。古いものだがミシンも置いてあったので、作れるものの幅が広がった。
いくら活動しようと、眠気や空腹、そして疲れも感じない。この空間では永遠に服を作っていられそうだ。
一心不乱に縫ってから、どのぐらい経った頃だろう。完成した一着を眺めていると、肩を叩かれた。
「なにしてるの?」
「……ああ、デュース。来ていたんだね」
「わぁ、ふわふわ!」
デュースがスカートを揺らして遊んでいる。そのドレスは生地を見て、つい作りたくなってしまっただけだ。彼らが着れるものではない。
純白のドレスは目に眩しく、正直デュースが遊んでくれてホッとしている。自分で作ったのだから変な話かもしれないが、触れてはいけない、近づいてはいけない聖域のようなものをそれに感じていたのだ。
「きれーい!」
光沢のある布を手に取ったり、様々な色のリボンが大量にしまってある箱を見て、はしゃいでいた。
「デュースはこういうの好き?」
「うん、好きー」
中にはアクセサリーの類もあった。それらは基本的に服を引き立たせる要素でしかないが、よく見ると、ちゃんとした宝石なのではないだろうか。すでにいくつか服に取り付けてしまったが、それなりに価値がありそうだ。
「まぁ、こんなところにあっても……まさに宝の持ち腐れというやつか」
「これ、デュースの!」
「ハートのブローチだね。デュースが欲しいなら、それをつけようか」
光に当てると、赤の中に様々な色が入る綺麗な石だった。これは何という石だろう。
デュースの服にあてがっていると、コツコツと靴を鳴らす音が聞こえてきた。
「どうも、先生!」
「……ああ、クイーン」
「そのブローチ、ちょっとお待ちください! わぁ、これ凄く綺麗ですね! これでしょ? これなのでしょう、僕の為に作ってくれた服は!」
真っ赤な布を沢山使ったそれは、確かにクイーンをイメージして作ったものだ。
彼はそのトルソーに近寄り、腰の部分を抱いた。
「こ、こ。ここにそれをつけると、ぴったりだと思いません? もっと華やかになるでしょう」
胸元を指差し、ドレープに指を這わせた。
「……えっと」
「だめ。デュースの!」
デュースはぎゅっと手の中にしまいこんでしまった。不機嫌そうな顔をしたクイーンが近寄る。
「デュースにはまだ早いでしょう。あっ、こんなのぴったりじゃないですか。クマさん。可愛いですよ〜? クマさん」
「や!」
「ちょっと待って。こんなにあるんだし、同じのがまだあるかも……」
「先生は乙女心を分かってないですねぇ〜。同じアクセサリーを別の人に渡すなんて、バッドですよ。どこに他の女と同じ指輪をつけたい人がいるんですか」
「乙女心って……」
「デュースに宝石なんて、転んで割るのがオチですよ。素直に渡しておきなさいって」
「あ、クイーン。こっちはどう? バラのブローチだよ。これもほら、かなりハートのクイーンっぽい」
「ふーむ、悪くないですね……」
「これはエースの」
スペードの模様を見つけたのかと思ったが、デュースが手に持っていたのは、中心に大きな青い石、周りはアンティークのような細かい装飾が施されたブローチだ。
「どうしてエースのなの?」
「目が似てるの」
「確かに彼は青い目をしていましたね」
闇の中では深い青色だが、光に当てると透き通るような水色になる。まつげの角度によっても違う印象を受けるので、瞬きをしただけで表情が変わる。きっとそうだ……私はそれをどこかで見たはずだ。
「確かにエースに似合いそうだ。デュースは見つけるのが上手だね」
そっと頭を撫でると、クイーンが駆け寄ってきた。
「ズルイです! 僕も褒めてくださいっ」
「君は別に褒められるようなことをしていないだろう」
「クイーンうるさいの」
まぁいいかと思って、ペットにでもそうするようにクイーンの頭を撫でる。それが気に食わなかったのか、デュースが突進するように抱きついてきた。
「あーズルイ! ちっちゃいからってそうやって」
ズドンという衝撃と共にクイーンの体もぶつかってきた。しょうがないので二人分受け止める。
「おーすげー! 服いっぱいだ! あれ? みんなで何してるの? 俺も混ざる!」
「あ……セブン」
更なる衝撃に耐えようと、力を入れた時だった。
「……先生が潰れてしまうよ」
エイトの声が聞こえたが、既に三人に埋もれている状態だ。手を伸ばすと、彼が引っ張ってくれた。
「はは、元気だね」
「……ありがとう、エイト」
まだ繋がれていた指先に一度力を込めてから、彼が離した。
「先生どーしたの? これ」
「布が沢山あったから、色んな服を作ってみようと思ってね」
「どれも美しいですね。これは、女性用?」
「……ああ、誰かが着ることを想定したわけではないんだけど」
皆がそれぞれ服を観察し始めたので、妙な緊張感があった。冷静になって部屋を見ると、あちらこちらにカラフルな布が舞っていて目が痛い。
「これとても格好いいですね。素敵です」
「あ、それは君をイメージして……」
「えっ」
エイトにしては素直な驚きの表情だった。少し照れたように目を逸らしてから、くすりと笑う。それが私に伝染したのか、顔の辺りがじわっと熱くなってきた。
「この色のスーツが似合いそうだと思ってね」
「……嬉しいです。一番好きだと思ったものが、俺のだったなんて」
「着てみてくれる?」
「はい。もちろんです」
ジャケットだけ取って、彼に合わせた。思った通り、よく似合っている。
「サイズも問題なさそうだね。中のシャツも合うかな」
エイトに服をあてがっていると、横から覗いてきた。
「……じぃー」
「なに、クイーン」
「僕の時も、そういう会話をしたかったのですけれど?」
「したかったと言われてできるものではないよ。クイーンは君らしく、先生と楽しそうにしているじゃないか」
「エイトには聞いてま、せ、ん!」
「あ、そうだクイーン」
「はい! 何でしょう」
「髪をアレンジしてもいいかい? 服に似合いそうなんだ」
「ええ、いくらでもどうぞ」
椅子に座ったクイーンは意外と大人しくしていた。ブラシを取って、サラサラとした髪を撫でる。髪質が細いので、うまくいかないかもしれない。
キングの時よりは小ぶりだが、花をイメージしたヘアアレンジが完成した。このままあの服を着ると、とても似合いそうだ。
「よし、なんとかできた」
「僕からは見えないのが残念ですねぇ。でも先生に長いこと遊んでもらったので、髪の毛も満足そうです」
「君は本気を出せば髪も動かせそうだね」
「それは練習すればなんとかなりますか?」
「いや冗談だよ」
顔を真っ赤にしながら髪を動かそうとしているクイーンに悪いと思いつつ、廊下の方を見てキングを探した。
「キングに見せてあげたかったんだけど」
「な! キングの為だったんですか! うわーん、弄ばれた」
「弄ぶって……キングも君と一緒で、自分からじゃ見えないから見たがっていたんだよ」
「ええーキングの方が先ですか? むぅ、最初は僕が良かったのに! ちょっと僕の扱い雑になってきてません?」
「そんなことないと思うけど……ああほら、この服にとても似合う髪になった」
服を取りに行く途中、箱の中で光っていたものが見えた。気になって掴むと、繊細なデザインの控えめなティアラだった。このぐらいであれば……。
「クイーン、ティアラなんてどう? 女王っぽいし……いや、やっぱり無い方がいいかな」
「つけます!」
「君って自分で自分を追い詰めて自滅しそうなタイプだね」
「そんな言い方ないでしょう」
「ああ、ごめん。似合うとは思うんだけど、どう見ても女物だし、嫌じゃないかなって」
「僕はなんでも着こなせますよ。ね、そうでしょう?」
「……うん、そうだね」
まるで戴冠式かのように、恭しく受け取ったクイーンの髪にティアラが乗せられた。外れないように固定して、上から服を合わせる。
「まさしくハートのクイーン」
「ふふ、似合いますか?」
いつになくご機嫌なクイーンの周りに皆が集まってきた。
「お姫様みたいなの」
「ヒールなんかもいいんじゃないかな」
「せんせぇー、俺の服はぁ?」
「セブンのは確かこっちに……」
彼らが私の作った服に夢中になってくれている姿を見ると、心が満たされた。このままこんな時間が続けばいいと密かに願う。
外の世界へ連れていけないのは可哀想にも思うが、未だその方法は見つからない。彼らが少しでも楽しめる要素を増やしていくことが、今後の課題だろうか。
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