♠︎K
部屋の中からふわふわと揺れる髪が見えた。呼びかけるとぴたりと止まって、中を覗いてきた。
「キング、良かったら少し話さない?」
中に入ってきたキングは軽く会釈をしたように見えたが、ただ体を揺らしただけかもしれない。
「先生は……先生?」
どういう意味だろう。哲学?
「ごめん……何と答えればいいのか分からない」
「……大丈夫。先生だった」
「そ、そう?」
キングは薄く笑みを浮かべながら、真ん中に置いてある椅子に腰掛けた。なんとなく髪を眺める。長いのに綺麗な髪の毛だ。
ジャックも白銀の髪だけど、あっちの方がより白い。それにサラサラのストレートだ。キングのは柔らかく、ウェーブしている。手に取るとクリーム色のような、金色に近い方の白だ。
「よく伸ばしたね、ここまで。毛先も綺麗だ」
「……くすぐったい」
くすくすと控えめに笑うキングの声が心地良い。
「髪は結んでいた方がいいの?」
「ケイトが……やってくれて」
ジョーカーでなかったことにほっとした自分は、心が狭いだろうか。
「そうなんだ。この髪留めは素敵だけど、一回ほどいてもいいかな?」
キングの了承を得てから、長い髪を観察する。
「どうして君がキングなのかって思っていたけど……」
確かにこの金色は王に相応しいのかもしれない。
「みんなが先に決めたから、最後だった」
「見た目もだけど、君の何事にも動じない様子とか、その貫禄は王っぽいと思うけどね」
「そう、ですか?」
キングとの時間は不思議な感覚だった。違う次元に迷い込んでしまったような感じがする。
「キングはジョーカーのことをどう思ってる?」
さっきの話では結局、キングがジョーカーに対してどんな印象を持っているのかが分からなかった。
「ジョーカーは……夢」
「え?」
「ジョーカーと過ごした時間が長かったのか、短かったのか、分からない。もう断片のようにしか、残っていないから……」
「あまり覚えていないんだね」
キングは控えめに頷いた。
それならあまり気にすることはないだろう。彼はジョーカーがいても、こちらの味方でいてくれそうだ。
「じゃあジョーカーに呼ばれても、ここにいてくれる?」
「……うん。でも、何でみんなを呼んでいるのか、気になる」
「それは私にも分からないけど、行ったら消えてしまうのは分かっているだろう? どこかに囚われているだけかもしれないけど、もうここには帰ってこられない」
「先生がお願いするなら、ここにいる」
手を止めてそれを眺める。気がついたらキングの髪を編んでいた。長さ的にどんなアレンジも可能なので、なかなか芸術的に仕上がっている。
「ごめん、キング。痛みはなかった?」
「痛くは、ない」
「……もうちょっとやってもいい?」
「ふふ……うん」
「ここを編んで、丸めて……少し緩めると、ほらお花みたいになった」
「……お花?」
「バラに似ているかな。髪でこんな風にできるなんて知らなかった。凄く綺麗だ。キングの髪色にもよく映える」
「見えない」
「はは、写真でも撮れれば良かったんだけど。他に髪が長い人……ジャックが来たらお願いしてみようか。ジャックには似合わないかもしれないけど。いや、似合いはするだろうけど、髪でバラを作らせてなんて嫌がるかな」
「クイーンは?」
「キングとジャックよりは短いけど、十分可能な長さだね。その辺にいないかな」
「……先生」
キングがゆっくりと振り返った。髪型だけはお姫様のようになっているので、服と合っていない。
「ここが好き?」
「ん……この場所がってこと? そうだね、見た目は古い学校だし、綺麗な場所もないけれど、君達と過ごすのは楽しいよ。だから好きだ」
キングは何も言わずに、じっと私の顔を見ていた。何かを探るような、期待するような、そんな目で。
「王冠でも作ろうか。似合いそうだ」
キングの頰にそっと触れる。なんだかとても繊細で、壊れてしまいそうだ。
その瞬間、初めての表情を見せた。
泣くのを我慢しながら微笑む、母のような愛を感じる笑みだった。
それを見た時、頭の中が揺れたような気がした。デジャヴというのだっけ――知っているはずがない。だってこんな顔を見たのは初めてで……。
「一緒に。ずっと一緒に……いつまでも、長い時間を」
頭が揺れる。勝手に涙が奥から溢れ出してくる。なんだこれ、何が起きているんだ。
「みんなをもっと、愛して。もっと……必要だって、言ってあげて」
「そんなの、当たり前じゃないか……っ」
キングの口から静かな歌が流れ始めた。この曲は、子守歌だっけ……。
彼といると、浄化されたような気分になる。神々しいものに対峙しているかのような。
君はやはり、王様なんだね。
What did I dream?
I do not know;
The fragments fly like chaff.
Yet strange my mind
Was tickled so,
I cannot help but laugh.
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