♠︎5
シンクと呼ぶ声が聞こえた。犯人はとっくに分かっている。
「やっぱり、貴方じゃないですか」
シンク……シンクと何もない空間から呼びかける声が続く。腹が立って、声のする方へ向かった。
「うるさいですね。ついに名前しか呼べない脳になりましたか」
「シンク……」
「ああもう! 黙ってください。何か言いたいことがあるならちゃんと……っ」
突然何かが現れて、腕を掴んできた。それは真っ黒な、人の温度を感じない腕だった。
「離してください」
力は強く、抵抗しても無駄だった。ズルズルと引っ張られ、気づいたらどこかの部屋に入っていた。
「何だって言うんです……っ、貴方はいつも強引で」
それはただの黒い影になっていた。全身がもやもやとしていて、なんとなく人の形を保っているだけだ。
「良い気味ですね。オバケにでもなっちゃったんですか」
「シンク……素晴らしい」
突然流暢に話し始めたので驚いてしまった。一歩下がってから、それを見つめる。
「素晴らしいよ……その怒り方、自分で見つけたのかな」
「はぁ?」
「そんな風に声を荒げて、全身を震わせて……目に不信感を纏わせ、怖いのに立ち向かおうとする……ああ、とても美しい」
「何を言って……」
「いつの間にそんな成長したのかな。とっても、人間らしい表情になったじゃないか」
「貴方に……そんなこと、まるで育てたみたいに言わないでほしいです」
煙が体の方に向かってきたので手で払う。全く、何なんだ今の状況は。
「エースへの気持ちも、君のシンクとしての役割も、とっても上手にできている。こんな風に怒る君を見ることができて、嬉しい」
「黙れ……黙れ!」
「いい! もっと見せてくれ、シンク! その顔とても素晴らしい」
「うるさい!」
無駄だとは思うが、隠していたナイフを取り出した。本当はあの人に向けるつもりだったけど、今のところその必要はなさそうだ。
刃先を向けて真っ直ぐ突撃する。ナイフは煙の中に入り、体をすり抜けた。やはり効かないか。
こんなことはくだらないと、背を向けた。無視してもう帰ろう。
「ぐっ」
首に巻きついてきた黒い影。どうしてこんな力が強いのか。自分から触れてもただ空気を掴むだけで、離せない。
「あっ、ああ……っ」
「シンク……感じているのかい? 苦しみが分かる? 凄い……君の目が開かれて、どうにか息を吸おうと必死に……綺麗だ、シンク……生きている、生きているんだね。もっと見せてくれ……君の、生への証を!」
「や、め……やめ、ろ……っ」
「シンク! 君はエースの元へ帰らなければいけないのだろう! 彼が待ってる。皆が寂しがるよ。シンク、ほら……もっと! 苦しんで! 今の君は本当に美しい、最高だ!」
「はな、せ……っ」
「エースに会いたいだろう? シンク」
少しだけ力が緩められた。表情なんか見えないはずなのに、影が意地悪く笑っているのが分かる。
「君は真面目な子だね。ちゃんと役を演じきった」
「お前の言うことなんか、聞こえない」
「でもちょっと、筋書き通り過ぎたかな。もうちょっと別の展開があってほしかった。エースと喧嘩しちゃうとか。先生を殴っちゃったりとか」
「……っ」
「大好きなエースだからそんなことできない? でもそれは当たり前なんだよね。私が決めたストーリーから飛び出していない」
「貴方のシナリオなんて、知りませんけど」
「ただのお人形だったね、君は」
「僕の気持ちは、僕だけのものだ!」
再びナイフを向けて、影に立ち向かう。
「はは、その表情はとても素敵なんだけど、今皆の元へ返しても、結局今までを繰り返すだけだろう? 期待できなくなっちゃったんだよね」
「お前に好かれなくったっていい! その口を閉じろ!」
「どうして今君は泣いている? どういう感情で? 自分で分かっている? 体が勝手に反応した? それとも泣くべき場面だから、泣こうと思った?」
「僕は生きている! お前なんかに僕が分かるわけない! 僕の気持ちを勝手に決めるなっ」
「ごめんね、シンク。エースへの気持ちも、正義感も、嫉妬心も何もかも全て……私が決めたことだ」
再び力が込められた。
誰かここへ、来てくれないか。誰か、誰か……。
体から力が抜けていく。視界はぼやけて、世界が消えていく。
「た、たすけて……エース……せ、んせぇ……」
消えたくない。死にたくない。
ああ、それさえも貴方に決められているのだとしたら。
「死にたくないと足掻く姿、そこが一番生を感じられるね。ありがとうシンク。最後まで上手に踊ってくれて」
僕の夢はエースの右腕。いつかエースが戦えなくなった時、僕がリーダーになる。
エースと、皆に言ってもらうんだ。
シンク、君が大好きだって。
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