《1》
三人以外も、二人以上で動く事を徹底した。あれから何時間経ったか分からないが、特に動きはない。三人は、一応は落ち着いているように見えた。
特に私ができることもなく、時間を持て余していた。推理などで犯人が分かるとか、そういう話でもなさそうだ。あれ以上の事件は起こっていないし。
手持ち無沙汰になり、ジャックを呼び出した。彼もすることはないのか、すんなりとついてきた。
「なんだ〜センセ、俺で合ってるのかあ?」
ここはエースやサイス、エイトなど、頼りになりそうな子と話し合うのがいいのではないかと、ジャックも思っているようだ。
「なんだろう……こんな言い方したら君に失礼かもしれないけど、なんというか落ち着くんだ」
「あっは、アレだろ? 他の子はイイコちゃんすぎんだよな〜? 確かにピリピリムードだしぃ、息が詰まっちゃうねぇ」
自らの首に手を当てて、ぐぇ〜っと絞める真似をした。
「そう、かもね。私は先生なんて呼ばれているけど、模範的な人間じゃないんだよ。多分ね」
ジャックの服の裾が少しほつれている。本人は気にしていないようだ。
「ねぇジャック、君の服……」
言いながら立ち上がり、腕を捲る。リボンで編み上げられた、美しい腕が現れた。
そこをそっと撫でるとくすぐったいのか、ジャックが笑った。
「好きだねぇ〜、センセも」
「服を脱いで。もっと似合う服にしよう」
「この服は好きじゃない?」
「……物足りないんだ」
服を脱いだジャックの体は、想像よりも細かった。大きめのシャツだから、分かりにくかったようだ。
白い体に黒いリボンが映えて、更に芸術品に近づいている。これを隠すのはもったいないと思ったが、他の子もいる手前、ジャックだけ裸というのもアレなので、理想に近い服を作ることにした。
「あれまぁ大胆だねえ。背中を一気にザックリ切っちゃった。ヒヒッ」
裾は手で引き裂き、ダメージ加工のように。腕の部分はハサミを入れ、布を切る。そこをまたリボンで編み上げ、統一感を出す。ゴシック、パンク、それらのモチーフに近づけるように、頭の中にデザインを書き起こす。
「君の鎖骨は隠さない方がいいね。ここを切って……この部分もいらないか。引き裂く……のは、結構力が、いるっ」
力を込めて布を引き裂いている私を見て、ジャックは楽しそうにしていた。そのうち私に混じって、こうして欲しいとの理想も伝えてきた。
「ヒャハハ、けっこーいい感じじゃん?」
「金具がないが、しょうがない。ベルトもどきを作ろう。あと何本か必要だ。ああ、革があったら良かったのに。黒い小物なら切った布でなんとか……」
「センセったら、こだわりやさん〜」
一心不乱に作っていたので、どのぐらい経ったのか分からない。完成品をジャックが身にまとう。
「……っ」
「ん〜?」
「ごめん、ジャック。なんだか……寒そうに見えるね。やりすぎちゃったかな」
「アハハ、確かにあちこち穴だらけだ。まぁアリじゃねーの? 裸でも寒くねーしさ。あーでも俺だけこんな凝った服着てたら、みんなびっくりしちまうなあ?」
「……確かに。皆とのバランスを考えると、ちょっと浮いちゃうね」
突然彼の指が目の前に現れた。人差し指をこちらに向けている。
「俺が浮いてるなんて、いつものことだろお?」
「ふふ、自覚あったんだ」
「俺はアイツらが思ってるよりジョーシキジンなんだよ。イカレるってなんだ? 普通ってなんだ? どうやったらそこまで狂えるか、教えてほしいなあ。ジョーカーさんよお!」
「ジョーカー?」
その名を聞いて、良かった気分が陰り始めた。心に黒いもやが広がっていく。
「俺をこうしたのはお前だろ? 最後まで責任を持て。中途半端に狂わせて、狂いきれないまま捨てやがって! これがお望みなんだろう? 俺の苦しみが、お前の幸せなんだろ? 良かったな、ジョーカー。お前の願いは叶った」
「ジャック……君は、ジョーカーが嫌いなのか?」
「ああ、そうだ」
やはりジャックは私にとって、好ましい存在のようだ。
「……と言いたいところだが、俺はジョーカーを嫌えない。嫌いになることができない。そうなってるんだ」
「ん、どういうこと?」
「そのまんまだ。ジョーカーを嫌いになることができない。これがアイツの残した呪い。呪いをかけて、アイツは消えやがった」
「嫌えないなんて凄いね。強い呪いだ」
さすがだジョーカー。私のライバルなだけある。もしかしたらそんなことを思うだけでもおこがましい、敵わない相手なのかもしれないが。
「センセもアイツに近いけどなあ? ……俺は、俺たちはセンセを好きになる呪いをかけられてる……みてえだ」
「好きでいてくれるの?」
「アッハ、好きだぜセンセ。アンタは俺の……神様だからな」
「ははは。そうか……神様。じゃあジャック、神が救ってあげよう」
ジョーカーを嫌いになれ。そう命じると、ジャックはゲラゲラと笑った。
エースが浮かない顔をしているように見えるのは、恐らく錯覚ではないと思う。暗い場所にいるからか、余計そう見えるが。
「エース、大丈夫?」
「……先生」
あれから数時間経っただろうか。今までシンクに泣き付かれていたエースが一人で廊下に出てきた。
「良かったら、次は私が君と過ごしてもいいかな」
「……ええ」
下の階は全く音がしなかった。ひやりとした空気が肌にまとわりつく。寒いほどではないが、風を感じたのはここに来てから初めてだった。勘違いかもしれないが。
目的のないまま歩くと、いつの間にかあの部屋に来てしまっていた。引き返そうとしたが、エースはそこへ入る。
壁にはまだトランプが貼り付けられていた。
私は床に転がっていた椅子を起こして、ハンカチで埃を払った。
「疲れているみたいだから、座って」
きっとエースは、自分一人だけ座ることなどできない子だろう。私は目的があるフリをして、カードの近くの壁にもたれかかった。
彼はやはり躊躇していたが、そっと椅子を引き寄せた。
「疲れてはいませんよ。だって体は何をしたって、疲れることもできないじゃないですか。歩くとか走るとか、そういうのは教えてもらわなくても知っている。でも実際それをした記憶がないから、どのくらい歩けば自分が疲れるのか分からない。だから僕たちは疲れない、ですよ」
「そうでなくても、精神的に疲れることもあるだろう。今は緊迫した状況にある。常に気を張っていなければならない。特に君は一人で背負おうとしている。シンクだけじゃない。皆、君が必要だ。その責任があるのは分かるが、このままでは君が……」
エースがふっと息を吐き出すように笑った。
「僕はリーダーだ。そう命じられたから。これもジョーカーの呪いですね」
「ジョーカーを嫌いになれないとかいうやつ?」
「……はい。僕はジョーカーを嫌えないし、リーダーも全うしなければならない。それは、それを遂行するのは……僕にとって喜びだ。嬉しいと感じる心が存在している。だから僕は続けるんです。みんなを守らなきゃ」
「私とジョーカーが戦ったらどうなると思う?」
唐突だったのか、エースの顔が少し変化した。沈んでいた表情から、驚きのような顔に。
「どうでしょうね……戦いの内容にもよりますけど」
「力で戦うのは向いていないだろうね。じゃあ……より皆に選ばれた方が勝ち。それなら?」
君はどっちを選ぶと冗談で聞いてみたら、エースは本気で悩み始めた。
「いいんだよ。ジョーカーとの思い出の方が多いのだろう? 私は負けたらちゃんと負けと認められる……恐らくね」
「はは……大丈夫ですよ。少なくとも僕は、貴方を」
「本当に?」
「ええ。嘘じゃないですよ」
「脅したように感じた?」
「いえいえ。ここにジョーカーがいても、そう答えますよ」
「……あ、ありがとう。驚いたな。君はというか皆は、ジョーカーが帰ってくるのを待っているのだと思っていたから」
「ジョーカーはきっともう帰ってきません。全てを終わらせていましたから」
「そう……ねぇエース、君達の昔のことを聞いてもいいかな」
椅子の側に寄り、肩に触れる。手の中に収まってしまうほど、華奢で小さな肩だ。
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