《1》
「この建物内を見てもいいだろうか」
「いいですけど……誰かを連れていった方がいいでしょう。誰を選びますか?」
数人の声は聞いたが、まだ一度も口を開いていない子もいる。誰を選ぼうと変わらないだろう。
「選べないのでしたら、お好きな数字でも仰って」
「13までの数字ですよ。トランプですから。それぐらいは覚えているでしょう?」
「じゃあ……5」
そう呟いた瞬間、部屋の空気が少し変わった気がした。
「なるほど。ま、無難なところか」
「無難とは失礼な! この中では圧倒的な正解ですよ。当たり! まぁ大当たりではないですがね」
5番目はスペードだった。黒く先の尖ったバッジをつけた少年が現れる。顔がよく見えなかったので、後ろの方に座っていたようだ。
「どうも先生。スペードのシンクです。シンクとお呼びください。正直この中に先生を楽しませるような場所はないと思いますが……まぁ納得がいくまでお付き合いしましょう!」
「やっぱハズレだったんじゃねーの」
「任せたよ、シンク」
「はい、このシンクにお任せを。では行ってきますね、エース」
小さなランプを手に取って、廊下に出たシンクを追いかける。
「先生、初めに言っておきますが、案内をするわけではありません。共に歩くだけです」
二人きりになったからか、先程よりも静かなトーンでそう言った。あれは演技だったのかもしれない。それともこっちが演技か?
「シンクにも、この場所のことはよく分かりませんので」
私には目もくれず、ただ真っ直ぐに歩き出した。それを微妙な距離を保ったまま追いかける。
廊下はやはり暗い。ランプが照らせるのは二人分の足元ぐらいだ。
窓の外も真っ暗で、何も見えない。目が慣れたら、明るくすれば景色が見えるという感じでもない。窓に何か貼り付けているような、不自然な色だ。
「この窓は……鍵がない? それにガラスとも言えないような、妙な感触だ」
ゴム、プラスチック、それらに似ているような質感。叩くと鈍い音がする。開けることのできない窓は、どういう意図で作られたのだろう。
「これを壊そうとしてみたことはある?」
「ありません」
振り返らずにシンクは答える。
そうかと呟く私の声を無視して、また歩き出した。
隣は最初と変わらない、ただの教室だった。古臭く、壊れそうな部屋だ。誰も掃除をしていないのか、埃が溜まっている。
後二つほど同じような部屋があるだけで、この階は終わってしまった。
「これだけかい?」
「これだけです」
彼は教室にいた時のような愛想を、私に向ける気はもうないようだ。どんどん不機嫌になっている。
「下の階は……」
「一度戻りましょうか。時間はたっぷりあるんだ。じっくり謎を解いていきましょう」
やっとこっちに向いた彼は笑っていた。淡い光に照らされた、少し意地悪な笑み。彼にはそれがぴったりだと、頭のどこかで思った。
一周して教室に戻ると、またエースが話しかけてきた。
「おかえりなさい。早かったですね」
「ええ、エース。別の階はまたにしようと約束したんです。ね、先生」
「……ああ」
シンクは元通りだ。というより、彼はエースを特別な目で見ているのだろう。彼に好かれたいというか、二番手になりたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。
「じゃあ先生、僕らと少し遊びましょうか」
先程は黒板の前に寝ていた私だが、今度は反対に彼らが前に来た。私は教室の中心に連れていかれ、そこに用意された椅子に一人で座った。
彼らはチョークを持って、黒板に絵を描き出す。
「誰がカエルを殺したの?」
お辞儀をして言ったのはクイズだろうか。なぞなぞ? 遊びとはこれのことか。
話を覚えているのか、一人一人が順々に語り出した。
誰がカエルを殺したの?
自然に溢れた平和な森がありました。
そこではどんな動物も仲良しで、弱肉強食とは無縁の世界でした。
誰もが安心していたその時、事件が起こりました。
朝いつものように、森の中心にある広場に来たツバメが見つけたのです。切り株に横たわるカエルを。
カエルはピクリとも動かず、なんならちょっと干からびていて、どこからどう見ても手遅れでした。
ツバメは森を飛び回り、他の動物に伝えました。
「死んだ! カエルが死んでしまった! おそらく夫の方。多分」
その声を聞いた動物達が、広場に集まりました。
これはひどい! 殺されたのか? 自殺か?
カエルの奥さんが彼に近寄って、泣き叫びました。
「こんなのってあんまりだわ! あなた……あなたどうしてっ」
森の長である、鹿が皆の前に現れました。
「彼がどうしてこんなことになったのか、知っている者は? 最後に彼を見た者は?」
「昨日の三時は生きていた。俺とベリーを摘みに行ったんだ」
ウサギが答えます。
「六時に魚釣りに。そこから二時間。それきり見ていない」
スカンクが答えます。
「夫は家に帰っていたのか?」
嫁のカエルが答えます。
「いいえ。帰ってきていません。二日間帰ってきていません。お友達のところに泊まると言っていたので」
「その友達とは誰だ」
広場はシンと静まり返ってしまいました。誰かが嘘をついているのでしょうか。それとも、カエルが嘘をついたのでしょうか。
「これが導入部分。先生、印象だけで構いません。この事件の真相はどんなものだと思いますか?」
劇のようなものを見せられていたら、急に振り返ってきた。どうもこうも、こんなおとぎ話のようなものを真剣に考えられるか。
「さぁ……そうだな。殺されたと思って疑い合っていたら、実はカエルの不注意で事故だったなんて、後味が悪い終わり方だよね」
なるほどと数名の声が聞こえた。
「では再演しましょう」
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