第283話 意図しない秘密主義


 赤い光となって左手の甲、白夢へと吸い込まれたエアリスと入れ替わるように、嵐神が『ひょえー!』という情けない声を頭に残し弾き出され、そのままどこかへ消え去ったのを感じた。おそらく追い出されたんだろう。


 『……どこも問題ないようですね。各所にて数名が罠にかかったようです』

 「ログハウスのみんなは見た目偏差値高いからなー」


 しかし、と続けたエアリス。直感的に俺だけが知らない話を予感した。


 『やはりグレーテルが特級クリミナルの片割れでしたか』


 エアリスはここに来る前からグレーテルを怪しんでいたのか。でも特級と見られている指名手配犯は男二人だったはず……


 『グレーテルの能力をお忘れですか?』

 「魅了と……姿を変えるやつ、あと再生か?」

 『魅了と再生は奪ったものでしょう』

 「じゃあ本当の能力は……」

 『捕食した対象に擬態でき、その能力もコピーするのでしょう。キメラというのが最も近いかと』


 キメラ……空想上の、遺伝学的にもあり得ない組み合わせでいろんな生物が混ざり合った魔物だったよな。まぁたしかに似たようなモノな気がする。


 『マスターがグレーテルに対し、女性に対するものと違った印象を抱いていたのは不思議なことではありません。何故なら元々……』

 「もしかして……ほんとに性別まで?」

 『おそらくそうでしょう。マスターがグレーテルにそれほど魅力を感じなかったのは本能的に同性を感じたからかと。魅了に関しては元の能力から変質したか十全に発揮できていなかったか、といったところでしょうか』


 なるほど。俺には効かない程度の魅了でも対策がされていない場合や精神の強度によっては効果がある。だから一般的な探検者は、その効果で襲われることに『同意』していた、と。


 ……ん? グレーテルが片割れ?


 『ヘンゼルがもう一人の特級クリミナルで間違いありません』


 見つかった被害者は女性と比べれば少ないが男性もいた。遺体の状況から殺害方法は刃物によるものと捕食に二分されていたが、四対六くらいで女性の方が捕食されている割合が多かった。しかし刃物で血を抜くように殺されていたのは女性のみ。つまり特級クリミナルの二人のうち少なくとも片方は両刀だ。そしてそれはグレーテルの方で、ヘンゼルは女性を刃物で惨殺していた方だ。


 「マジかよ……ここ最近俺はずっと、たぶん今現在世界で一番ヤバい奴らにケツを狙われていたかもしれないのか……」


 今更言いようのない恐怖に戦慄する。一人は間違いなく殺したはずだけど、もう一人には逃げられた、か。でも操られていたと思っていたヘンゼルが特級クリミナルなら、一人になった香織は格好の的のはず。戦った気配すらないのはなんでだ。


 『初めはそうなるのではと予想していましたが、グレーテルが劣勢になったあたりから気配を消し、ワタシの目の届かないところまで逃げおおせたようです』

 「実際には戦ってないのか?」

 『はい』


 なんで初めから俺に言わなかったんだ? 知ってればチビが一緒とはいえ香織を一人になんてさせなかったのに。そんな事を強く思うと、伝わったらしいエアリスが反論する。


 『マスターは顔に出ますので。それに、実はマスターも囮ですなどと言えば警戒を強めてしまうでしょう? それで気取られては無駄になってしまいますので」

 「ぐぬぬ……たしかに」

 「しかしまさかヘンゼルが逃げ出すとは思っていませんでした。ちなみにもしも戦闘となっても香織様には万全の対策を取ってありましたので問題ありません』


 戦っていないと聞き安堵した。もしもヘンゼルがグレーテルと同等ならば、一度だけ瀕死を脱することもできる御守りと、込められた【不可逆の改竄】によって以前の状態に回帰することができる星銀の指輪があるとはいっても、いくらなんでも不安だからな。能力無しなら香織の方が俺より強いと言えるけど、なんでもありならたぶん負けない……そう考えると実力が未知のヘンゼルと戦っていたらタダでは済まなかったかもしれない。


 「ところで万全の対策って? チビか?」

 『チビだけで十分な護衛となっていたでしょうが、実はヘンゼルの罠に嵌った自衛官の救助を早々に終えたワタシは、香織様の背後に潜んでおりました』

 「なるほど。それで呼ぶまで戻らなかったのか」

 『はい。黒夢の暴走は想定外でしたが、嵐神も少しは役に立ったようですね』


 あの爆発音はヘンゼルの仕掛けた罠だったのか。アレを合図に二人が行動を開始した事を思えば辻褄が合う。俺たちと出会すのは向こうにとって想定外だったようだから、もしかすると他の誰かに使おうと持ち込んでいたのかもな。しかしまぁ監視していたエアリスに気付かれないように罠を張るなんて……


 『ちなみに罠は見て見ぬフリをしました。爆発物とわかりましたので、直撃しないよう細工しました。マスターはそれを望むかと思いまして』


 付いてきていた自衛官たちは怪我をしてはいるものの、それに対して細工をしていたため音の割に大した被害はなく、不発と変わらないとエアリスは言う。しかし実際のところ怪我人が出ているんだが、それに関してエアリスはなんとも思っていない様子だ。でもそれをどうこう言うつもりはない。なぜなら完璧すぎる対処をしてしまえば二人は尻尾を出さなかったかもしれないし、自衛官のみなさんがすぐにこちらへ急行して来た場合も同じくだ。


 俺としては悪いことはそもそも何も起こらないのが望ましいと思っているんだが、今回に限ってはこれでよかったのかもしれない。ここで何も起こらなかったとなれば、他のどこかでで何かが起こるってことでもあるからな。ここで起きた事で事件解決に近付けたならきっと良かったはずだ。


 とはいえエアリス、その気になれば罠を無効化できていたにもかかわらず敢えて若干の効果を残したわけで。それ以前に目星がついていたならエアリスの超常的な力でもって解決することももしかしたら可能だったかもしれない。でもそれを明かすわけにもいかないわけで。

 本来隠したいと思っているのはエアリスの存在がどういうものか、俺やログハウスのメンバーが危険に晒されないよう個人情報と言えるものを細かい部分までは明かさないという事だ。エアリスやみんなはもっと隠す方へ意識が向いていて自意識過剰かと思ったりもするが、それは俺が無防備すぎるだけなのかもしれない。そんな俺が、俺の知らないところで計画されていた事に関して隠す事になるとは……。もうこれはアレだな。隠すというか、忘れた方が早く確実だろう。でもそれじゃあ気持ちが収まらないところもあるわけで。

 折衷案というか妥協案というかせめてもの償いとして、怪我をしている自衛官の皆さんにはあとでお見舞いの品を贈ろう、そう考えながら冴島さんたちがいる場所へと向かった。

 

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